「守れなかったから死ぬっつーのは詭弁だ!お前、人の命を奪った重さに耐え兼ねて逃げようとしてるだけだろ!」
何でか、ジャムの心に重い物がのしかかった。
堪えられなくなって、思わず飛び出してしまった。
ジャムは独り、波止場で立ち尽くしていた。
先刻のように、海を見ていても、ヒラーや仲間の幻想は見えてこないし、死のうという気持ちにもならない。
此の中に飛び込めば、死者の世界に行けるかもしれない…
―――でも…
心の中に初めての感情が芽生えた。
大切な仲間を失ったのは、自分の責任だ。
“マリア”や“ヒラー”は許してくれても、“父”は?“母”は?“弟”は?
自分を憎んでいた人たちはどう思うだろう。
一族の仲間は?
“御巫”を信じ、奉ってきて、挙句に死んでしまった…
信じてきたものに裏切られた人たちは?
「…生きて…いいのかな?」
「いいんじゃね?」
「うわぁぁぁぁ!」
自問自答で呟いた一言に、他者の“応え”が介入してきた。
「よっ。」
「…貴方は…」
ジャムの横に屈んでいたのは、先刻、ジャムの自殺を止めてくれた青年・ルイだった。
「また、死にに来たんじゃないかって思って追いかけてきた。」
ルイは白い歯を見せながら、笑顔で言う。
「だが、何か随分変わったな。表情が少し付いてきた。」
ルイはゆっくり立ち上がり、ジャムの手を取った。
「あんた、とりあえず何か食え!気持ちも少し前に向いてきたことだし、うまいもん喰って、精つけろや。」
そういうと、ルイはジャムを引っ張り、無理やり居酒屋に連れ込んだ。
紺色の暖簾をくぐって、引き戸を引くと、真っ白い煙がジャムの鼻をついた。
思わず眼を逸らすが、匂いを嗅ぐと、煙幕でも火薬でもない、おいしそうな香りが漂ってきた。
白い煙の向こうには、働いている先のマッチョな漁師たちが赤黒い顔をしてへらへらと笑いながら饒舌に喋っていた。
「ルイ、サボって何やってやがるんでぇ」
入ってすぐのところに長い机があり、ジャムは其の前に座らされた。其の瞬間に声がし、ジャムは驚いて、机の前を見やる。
真っ白い割烹着を着たマッチョな男が、ルイを睨みながら、手元を器用に動かしていた。
「オヤジ、すまねぇ、こいつ、オレの友達。なんか奢ってやってくれ。」
ルイは、割烹着の男に向かって、苦笑いを浮かべながら言った。
男は「チッ」と小さく舌打ちはしたが、すぐ、ジャムの前に食糧の乗った皿を置いて、
「すまねぇな、ルイは此の通り、独りな奴はほっとけない柄でよぉ、お前さんも無理やり連れてこられたんだろう?今日は遠慮しねーで喰ってくれ。どうせ、ルイの金だ。」
と大声で笑いながら言い放った。
「ひでぇな、オヤジ…ま、そういうこって。あんたも遠慮しねぇで食ってくれ。」
ルイはそう言うと、男と同じ割烹着を着込むと、机の向こう側へ行ってしまった。
ジャムはとりあえず、目の前に出された、竹の串に刺さった炙ったキノコをゆっくり口に入れた。
久しぶりの豪華な食事に、ジャムは舌鼓を打っていた。
キノコの串焼きから始まり、原始動物の肉焼き、魚の塩焼き、貝の串焼き、山菜を薄皮で揚げたやつなど、初めて食べたものもある。
其れのどれも絶品で、かなり食べても次々に体の中に流れ込んでしまう。
「しっかし、よくこんな暑い中でフードなんか被って居られるな。取っちまえよ。」
一通りの食事が終わると、ルイが覗き込んできた。
そして、ふいにフードに手をかけた。
ジャムはびっくりして、顔を上げ、ルイの手を振り払った。
其の瞬間、ジャムのフードが背に落ちた。
漆黒の髪・眼が光を浴びる。
ルイの目が見開く。
隣の席に居たマッチョたちが慄いて、後ろに下がる。
「ああああああんた…そ…そそ…双黒…」
男が指を刺しながら叫ぶ。声を指も震えている。
「軍だ!軍を呼べ!双翼族の生き残りが此処に居る!」
店の中は絶叫が飛び交う。
ジャムは呆然と前を見ている。
ルイも微動だにせず、ジャムを見つめている。
店が混乱状態になる。
そんな中の大きな音で、ルイはハッと目を覚まし、ジャムの元へ駆けつけた。
「ジャム、あんた、此処を出ろ!」
ルイはジャムの手を取ると、店を飛び出した。
ジャムを引っ張ったままのルイは薄暗い街の中を駆け抜け、外れの礼拝堂に駆け込んだ。
無人の礼拝堂は真っ暗で、眼が慣れないジャムは、段差に躓いた。
前にのめって、ルイもバランスを崩し、その場に倒れこむ。
「こ…此処までくれば、ひとまず大丈夫だろ?」
ルイは息を上げながら、ジャムの肩を叩く。
「だが、すぐ此の街から出て行け。」
ルイは、ジャムのフードを被せ、目を逸らした。
「…すまない…オレが余計なことしたばっかりに…」
「…いえ……あ、あの…ご飯…とても、おいしかったです…」
「そうか…」と呟くと、ルイは立ち上がり、ジャムを一瞥することなく、礼拝堂を出た。
ジャムは、フードを被り直して、外に出た。
礼拝堂は小高い丘の上に小ぢんまりと佇んでいた。
顔を上げると、海が空のように広がっていた。
星の光を受けて、キラキラ輝く大海は、地獄の入り口とは思えないほど、綺麗だ。
海の上に小さな街灯りが見える。
其処が、レッド・ポート。
初めて外に出た最初の街。
風が木の葉を揺らす音以外、何も聞こえない。
静かな、静かな港町の丘の上。
ジャムは小さなため息を零すと、海に背を向けて歩き出した。
「ジャム君。」
呼び止められて、顔を上げる。
フードで遮られた視界に足が4本見える。
ふいにフードが外され、目の前が開ける。
「行くよ。」
「…か…」
ジャムは言葉を飲み込む。
「放っておいて下さい。僕は…」
フードを被り、ジャムはカイロたちの脇をすり抜けた。
腕が掴まれ、凄い勢いで引き戻される。
「此処を教えてくれたのは、居酒屋の坊主だ。」
ルイだ。
「双翼族の生き残りなんて捕まえれば一生遊んで暮らせるっつーのに、あの餓鬼は、俺たちに「ジャムを連れて逃げてくれ」って言ってやがった。」
「彼の行為を無駄にしないためにも、ひとまず此処は一緒に行こう。」
カイロに肩を叩かれ、ジャムは唇を噛み締めた。眼から、大粒の涙が零れ落ちる。
街の方から火の光がいくつも丘に向かって揺れながら向かってくる。
「時間は無いみたいだな。」
「じゃ、行こうか。」
ジャムは小さく肯いて、アギィとカイロと共に、港町を後にした。