黒い翼の少年

ACT.3

少年は小さな声で自分の名前を言った。

ジャム。

漆黒の少年はそう言うと、荷台の奥の方で、膝を抱えて黙りこくってしまった。

 

ロバは、貧困街の外れで死んでいたのを其処の住人に食べられたのか、骨になって帰ってきた。

 

「どうする?」

夜の火を囲み、アギィが、呟いた。

「何が?」

カイロは炙った干し肉に齧り付きながら聞き返した。

「何って、ピーちゃんが居なくなって、荷台を運ぶ事だって出来なくなったし、荷物が増えたし、どうやって此処から抜け出せばいいんだよ!」

アギィが立ち上がり、半泣きで訴えた。

「ピーちゃん?」

カイロは上目遣いでアギィに聞き返す。

「ロバのピーちゃんだよ!」

少し照れた感じで吐き捨てるように小声で言った。

「あぁ、ロバね。強面な顔立ちからよくこんな言葉が出てくるよね。あ、ロバで『ピーちゃん』ってどうかと思うよ。ロバなんだから、『ヒンちゃん』とか『ポニーちゃん』とかの方があってると思うよ。『ピーちゃん』じゃ鳥じゃん。」

「うるさい!俺のセンスに口出しするな。つーか、俺の質問に答えろよ。」

「荷台は此処に捨てて行こう。で、食糧とか必要最低限なものを持って、歩いて行くしかないね。ってか、それくらい普通に考えれば分かると思うけど?」

「其れくらい分かってるつーの。あー、やっぱ歩くのか〜…」

アギィはその場に大の字になって寝転んだ。

「あ、アギィ、どうでもいいことなんだけど。」

「あ?」

「早く食べないと、無くなるよ。」

「はい?」

アギィはもっそり起き上がり焚き火に眼をやる。

火の向こうで、すごい勢いで黙々と干し肉を頬張るジャムの姿が見えた。

「あぁぁぁぁぁぁぁ、俺の肉ぅぅぅ…」

 

ジャムの足に、藁で出来たサンダルが履かせられた。

親指と人謝し指の間がなんとなくこそばゆい。

絶えられず荷台から足を出してバタつかせてみる。

「何やってんだよ。」

後ろからアギィにチョップを喰らう。

ジャムは後頭部を押さえ、アギィを一瞥した。そして、そのまま荷台から降り、サンダルを履いた足で走り回り始めた。

「何なんだよ…」

「双翼族は靴なんて履く習慣無いからね。でも、この焼け野原を素足で歩くのは危険だし、素足に近くて危険が少し回避できるのは草鞋しかないかなぁ、と。」

「てか、そんなもん、お前持ってたのか?」

「え?さっきの貧困街で戴いた。」

アギィは大きな手のひらで顔を覆った。

彼はまた、勝手に持ってきちゃったんだ…

 

『最低限のもの』は荷台に積んでいたもの、ほとんどであった。

「置いてけ。」

「駄目駄目!これは風水っていう占いの…」

「捨てろ。つーか食糧だけでいいだろ?なんだよそのでかいタヌキは!」

「これは商売繁盛するって…」

「商売しねーだろが!」

このような、カイロとアギィの攻防戦の結果、大凡の荷物が、その場に置き去りにされることになった。

此処を見つけた貧困街の人たちが見つけて生活の足しにしてくれればいいと、カイロたちは思っていた。

 

カイロとアギィ、そして、ジャムはすっかり焼け野原になった樹海の中を歩いていた。

静かにしていれば、鳥の声や川のせせらぎが聞こえる。

木々が焼けた以外、此処の土地は何一つ変わっていない。

しばらく歩くと、少し開けた場所に出た。

此処が一番、焼け具合が酷い。

「…」

ジャムの足が止まる。

「ジャム君?」

「…里…」

ジャムは、無表情で其の開けた場所を見つめ呟いた。

黒い大地は其処だけ綺麗な円を描いている。

建物の跡なんか微塵も残されていない。

「グッ…」

ジャムはその場に蹲った。

「ジャム君?」

記憶が脳みそから溢れ出てきてなかなかセーブできない。

キンキンという音が頭をかき鳴らす。

視界に黒煙が見える。

人影、黒煙の向こうの人影。

どうしても“彼”に追いつきたくて、縺れる足を必死に動かして煙を掻きながら前に進んだ。

でも、火薬の匂いは鼻を突くし、眼の中に煙幕が入り込んでうまく開かない。

そんな中、近づいてきた人影は腕を伸ばし、右目を突いた。

人影は背後に回り、右の翼を圧し折った。

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

「ジャム君、ジャム君、大丈夫ですか?」

絶叫で我に返り、ふと顔を上げると、視界に心配そうに覗き込むカイロの顔があり、その向こうには、絶叫に中に含まれていた波動の影響で蹲るアギィが居た。

「…」

頬に大粒の涙が流れ落ちていく。

「ジャム君、行こうか。此処の長居は良くないみたいだしね。」

カイロの穏やかなテノールがジャムを落ち着かせる。

ジャムはゆっくり肯いて、立ち上がった。

「アギィ、大丈夫かい?もう行くよ。」

アギィもゆっくり立ち上がり、ジャムを一瞥すると、不機嫌そうに開けた燃え尽きた集落跡を後にした。

 

今晩も焚き火を囲む。

相変わらずアギィは愚痴を零し、カイロは笑って其れを受け流す。

そして、ジャムも相変わらず、もの凄い勢いで干し肉を頬張っている。

「明日にはレッド・ポートに着くよ。金稼ぐぞ〜!」

カイロが食事終了後に伸びをしながら言った。

「…俺がな…」

アギィが其の発言にげんなりしながら呟いた。

「…レット…ポート…」

カイロはジャムの呟きを拾い、返す。

「ジャム君、『レッド・ポート』。この先の港町だよ。」

初めて聴く、棲んでいた処以外の街。

ジャムは初めて、小さく『トクン』というときめきの音を聴いた。

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