黒い翼の少年

ACT.4

生暖かい風に乗せて、潮の香りが鼻孔を刺激する。

「…海…」

「何やってんだよ!」

アギィが、港でぼっと海を眺めているジャムを両手で抱えている木箱で小突いた。

ジャムは頭を抑えながらも、アギィを見ることなく海に真っ直ぐな視線を注いでいる。

「其処の新入り、道草してねぇで働け!!」

裏の倉庫から、ガタイのいい船乗りの声が飛んでくる。

「はーーーい!」

アギィは軽く返事をすると、ぼっと海を眺めていて動かないジャムを一瞥して、仕事に戻った。

 

「やっぱり力仕事は儲かるね〜♪」

夜、宿屋にてお金が入った小袋を開きながら薄笑みを浮かべた。

「大凡、俺の働き分だ。」

木のテーブルに肘を付き、不貞腐れた表情を浮かべながらアギィは呟いた。

「ジャム君はどうだった?」

「使えねぇ!!!」

カイロの問いにアギィの答えは迅速かつ簡単なものだった。

「彼は外に慣れてないからね。これからゆっくり外の世界に馴染んでいくと思うよ。」

カイロは小袋のふたを閉め、金庫のような鉄製の頑丈な箱に其れを仕舞った。

「今日だって、一日海眺めて全く仕事していねーんだぞ?」

アギィは木のテーブルを思い切り拳で叩いた。

「うん…でも、しばらくは耐えて様子見ていてよ。」

「じゃあ、てめぇが見てろよ。」

「ボクの仕事に彼は不利だよ。」

「じゃあ、此処に置いてきゃいいだろ。」

ガタン

という音で、2人はハッとして音の出た方を見た。

湯殿から出てきたジャムが、相変わらず死人のような目をしながら立っていた。

「…寝ます。」

ジャムは端的に呟くと、寝室の方へ足音を立てずに言ってしまった。

「ジャム君、お休み。」

カイロが笑顔で挨拶をするが、ジャムは一瞥しただけで、何も言わず寝室に行ってしまった。

「…薄気味悪い奴…」

アギィは小さく吐き出した。

「レッド・ポートに来てから、ジャム君塞ぎこんだままだね。」

「知るかよ。最初っから塞いでるじゃねーかよ。」

「そうでもないよ。樹海を離れた後から割とリラックスしてきた感じだったけど…」

「あー、もういいよ。あんな奴。俺も寝る。」

「あそ。じゃ、お休み。」

アギィは片手を挙げて挨拶すると、ジャムの入っていった部屋に消えていく。

が、すぐ血相を変えて飛び出してきた。

「カイロ!奴が…ジャムの奴がいねぇ!!!」

「え?」

カイロも乱暴に椅子から立ち上がり、部屋の中に入る。

3つ並んだベッドは、来たときのまま綺麗な状態で其処にあった。

寝ているはずのジャムも其処に姿形も影すらもなかった。

右端に設けられた小さな小窓は、半端に開けられており、潮風でカタカタと小さな音を立てている。

「あそこから出たの?」

小窓は大人一人くらいならば通してしまうくらいの大きさであった。

アギィが其の小窓に近づき、扉を開ききる。

「其れにしたって、此処は3階だろ?普通に考えて無理だろ…」

「分からないよ。だって翼は半分でも、双翼族だし…」

「嘘、双翼族って飛べるの?」

「人は努力すれば飛べるよ。きっと…」

「知るか!真面目に答えろよ!」

アギィはカイロを小突く。

「兎に角、探しに行こう。此処に居ないなら外に出て行ったに違いない…」

カイロとアギィは部屋を飛び出した。

 

夜の海は真っ暗で、波の音だけが不気味に響く。

ジャムは、波止場に立って、真っ暗な海を眺めていた。

『此の世界には天上世界と地下世界と2つの世界があると謂われています。』

波の音に合わせて、聞こえるはずの無い死人の声がジャムの耳に届く。

「…地下の世界…」

『天上世界とはジャム様や私が生きて地を踏んでる、此処のことです。平和で、穏やかで、幸せな世界です。地下世界とは、此処の下にある、苦しみや悲しみが付き纏う不幸な世界です。地下世界に行くには、此の世界を浮かばせてくれている“海”という大きな水溜りを潜っていかなければなりません。』

「…海…」

『海に潜るのはとても危険で、苦しいものと謂われております。ですから、地下世界に行けるものは皆、死んで逝った者達だけだと謂われております。』

――海に潜れば、彼の元に逝ける…

ジャムは波音共に聞こえた声を頼りに、波止場のコンクリから足を外した。

「何やってる!」

思いっきり腕を引っ張られ、ジャムは後ろに倒される。

弾みで、フードが外れた。

「あんた、何やってるんだよ。」

上腕二等筋がえらく盛り上がった男が、ランタンの微かな明かりの中に浮かび上がる。

フードが外れても驚かないということは、色が夜の闇に隠れて見えないのだろう。

「…」

「夜の海が危険なことぐらい分かってるだろ!それとも何か?死にたいっていうのか?」

男は、ジャムの手首を掴むと、目を吊り上げて叫んだ。

「…」

ジャムは黙って、男から眼を逸らす。

「チッ」と男は舌打ちをして、ジャムの腕を離す。

其の反動で、ジャムは再び尻をコンクリに打ち付けた。

「死にたいってなら勝手だ。止める必要はない。だが、あんたはまだ15かそこらの餓鬼じゃねーか。そんな奴が自ら命を落とすなんて、そんな無駄なこたぁねーよ!あんた、割とタッパ(身長)あるし、少し考え直してもいいんじゃねーか?」

男はその場に屈み、ジャムの顔を覗き込んできた。

「オレ、ルイってんだ。普段は引き網の漁師なんだが、今の時期はそこの酒場でアルバイトしてる。家に帰りたくねーとか、やな事考えちまうとか言うんなら、オレと一緒に来い。死にたい気分の時に独りってのは一番よくねーからな。」

ルイは浅黒い肌から白い歯を見せて、笑った。

ジャムはフードを被り直して、立ち上がった。

笑い方が気に入らない。

何も知らないくせに、ヘラヘラ笑って分かったような口ぶりをする。

ジャムは、奥歯を強く噛んだ。

「おい、何処行くんだよ。」

「貴方には関係ないです…」

ジャムは小さく呟き、歩を海に向ける。

「だから、止せっつってんだろ!!!!」

ルイが再び強くジャムの腕を掴む。

それからその反対の手を拳に握り、ものすごい勢いでジャムの頬を殴りつけた。

ジャムは、「バキィ」という何かが折れる音と共に、波止場の上に転がり落ちた。

奥歯が一本折れた。

ジャムは其れを手のひらに出し、口端から流れる血を吹き取り黙って立ち上がった。

口の中一杯に鉄を舐めたような味が広がる。

「ジャム君!」

「何やってるんだ!」

此の騒ぎを聞きつけ、多くの人が波止場に集まり始めた。

其の中には、黙って出て行ったことがバレたのか、カイロやアギィも其処に居た。

「ジャム君。」

カイロが近づいて、フードを被りなおしてくれる。

ジャムは其の手を弾き、フードを深く被り、首元をキュっと握って顔も何もかも見せることを拒絶したかのような態度を取る。

「あんたら、其の餓鬼の知り合い?」

「ええ。ボクたちは旅人です。」

ジャムを隠すようにカイロは、ジャムを、声を掛けてきた男から隠すように振り返って答えた。

「そいつ、此処から飛び降りようとしたんだ。あんたら、いっちゃわりぃがそいつに何かしたのか?」

「何故…?」

浅黒い皮膚をした男はカイロの前に屈み、

「こいつ、細すぎ。旅人とは言え、あんたはまともな体格なのに奴は何日も食べていないような細さだ。それに、あんたの元を離れて、死にたがっている。まさか、身分が違うとかいって、そいついたぶってんじゃねーの?」

「バカらしい。ボクと彼は、クレス・ルギアで会った。クレス・ルギアが今どんな状態か、お隣の街が知らないはずじゃないだろ?」

ジャムは、カイロとルイのやり取りを耳から排除するように、硬く耳を手で覆い、ゆっくり立ち上がった。

「ジャム君!」

カイロが声を掛けるが、ジャムは目の前の2人を一瞥すると、街の方に歩き出した。

人ごみはジャムが通る道を開けて2つに分かれた。

道の真ん中でアギィとすれ違う。

「おい!」

ジャムはアギィを一瞥して、またしても何も言わず歩き出した。

 


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