黒い翼の少年
ACT.21
「いやぁ、素晴らしい建築ですね〜。」
こうしてやってきた変わった若者を、漁師の夫婦は訝しげに見ていた。
「あ、僕、こうみえても博士なんですよ、『魚人族』って知ってます?それの研究をしていまして・・・あ、知らない・・・そうですよね〜、太古の昔に滅びた種族なんて知らない人の方が多いですよ・・・あ、いえいえお構いなく・・・」
しばらくボロ家を眺めて、満足したのか、若者は去っていった。
***
灯ノ島から浦島までは、小型漁船で5分もしない。
自然が多く、人が少ない。
島民のほとんどが漁師で、世界の中心が産業を増やして行くのだから、若者は漁師を継がず、みんな都会にでていってしまった。
この現象を過疎化と言っている。
灰色の髪と瞳を持ったこの青年は10年近くこの島で育った。
島民の誰もが彼の存在を知っている。
そして、誰もがその少年を避け、見て見ぬ振りをした。
「相変わらず、この空気は潮臭い。」
狐目を更に細めて海岸沿いに立ったカイロはそう呟いた。
「ったく、ここの連中は俺らを珍獣みたいな目で見てきやがる。」
ヤンキー座りでアギィは愚痴を吐く。
その傍らに黒いマントを羽織った少年が立っている。
それを見て引かない奴の方が、肝が座っていて、逆に怖い。
「まだ、あるといいですけどね。」
「何処に行くの?」
ジャムが聞く。
「ヨウイチが絶賛していた僕の実家。」
カイロの実家。
カイロの育ての親の住んでいた家。
カラブキ屋根の平屋は漁船が停泊している海岸より陸の奥ばったところにひっそり立っていた。
庭先が手入れされている。
誰かが住んでいるようであった。
カイロは躊躇うことなく、玄関を入っていった。
「こんにちは。」
しばらくして、子どもが一人出てきた。ジャムよりも少し幼い10かそこらの少女であった。
「どちらさま?」
少女が首をかしげた。
茶色の髪を二つに束ね、赤い紐で、結わいでいる。
「おかあさんかおとうさんいるかな?」
カイロが腰を下ろして少女と同じ高さに目線を合わせてから質問した。
「おかあさんはいないわ。おとうさんは漁に行っちゃった。」
「そっか、じゃあ上がって待ってていいかな?」
「うん、いいよ。」
カイロは少女の頭を撫でると玄関を上がった。
「アギィ、ジャム君外で待ってて。」
そう言って、カイロは奥の座敷へ勝手に入っていった。
畳の匂いが懐かしい。
自分が初めて通されて、初めて眠った部屋。
カイロは上を向いた。
天井の龍の目、ウリ坊の背中・・・
それを写したような天井の木目の模様。
天井の龍の目の横には猪の背中のような模様が描かれている。
「あとは、斑点模様の鼠とドラム缶の入り口かぁ・・・」
カイロがため息交じりで呟く。ウリ坊の背中までキーワードを解いたはずなのに、斑点模様のネズミの木目など部屋の何処を見回してもない。
「おにいちゃん、斑点鼠さんを探してるの?」
突然横で、この家の少女がカイロに向かって聞いてきた。
「斑点ネズミさんはここにいるのよ。」
といって、少女は指を指した。
その先にはこの部屋の中で一番太い柱であった。
そういえば、昔よくこの柱で養父がカイロの背を測ってくれた。
「カイロ、この柱には神様がいるんだ。このネズミさんのところに届く時、神様がカイロを守ってくれる・・・」
養父の言葉。そう言って、よくカイロの頭を撫でた。
柱のネズミ・・・柱の木目でネズミに見えるこの模様には斑点が付いている。
カイロは柱に近づいた。
自分の目の高さに、斑点模様の鼠が映る。
カイロが幼い頃みた柱はもっと明るい色合いで、鼠もはっきり見えた。
今となっては手垢でもついたのか、黒くくすんできている。
ふと、鼠の下に誰かが背を測ったのか新しい線が付いている。
明らかに後ろで微笑む少女のものではない。
この家の誰かのものなのか?
違う。
これは記号だ。
『←』が付いている。
『←』はこの部屋から見える山を指している。
そして、その山こそ、カイロが5年間の記憶を失い、立ち尽くしていた場所だった。
「おにいちゃんも、お魚さんのけんきゅうしてるの?」
「え?」
突然少女がそう言った。
「きょねんの秋にもお魚さんの研究してるおじさんが、お父さんに会いにきたの。この部屋に来て、うんうんっていってそのままかえっちゃったんだよ。」
ヨウイチだった。
ヨウイチは確かめに来ていたのだ。
多分、用心深いジャーナリストは、レンジから受けた依頼をすぐにこの島に持ち込み隠した。
そして手紙を老医者に託した。
しかし、この家は相当に古い。ここが倒壊でもしてしまえば、カイロに当てた手紙に残したキーワードが役に立たなくなる。
だから、自分の命があるうちに時々とか来て確かめておく必要があった。
いよいよその時期が近づいてきていると察したヨウイチは、カイロに判るように←を書き残しに来た。
カイロは少女にお礼を告げて、家を出た。
「おい、カイロ!」
待ちわびたアギィがカイロの肩を掴んだ。
「アギィ、この中で龍の目、猪の背中、斑の鼠を見つけた。最後の一つはあの山だ。」
カイロが表情を険しくして隣にそびえる緑の山を指差した。
Copyright (c) 2009 Ryo Kanna All rights reserved.
-Powered by 小説HTMLの小人さん-