黒い翼の少年
ACT.20
――君は誰?
僕は僕。
――君、どうして僕のこと知ってるの?
僕は君だから、君の事はなんでも知ってる。
**
ジャムが目を開けると、ぼやけた木の天井が低く写った。
「目が覚めたみたいだね。」
目の端っこに人の影が映る。
ジャムは顔を影の方に向けた。
「お医者さん、目が覚めました。」
影の方には白いカーテンが掛かっていて、白い椅子には灰色と赤黒い影が並んでこちらを見ていた。
「・・・カイロ?アギィ?」
か細い声で並んだ影を呼ぶ。
少しずつ視界がはっきりしてきた。
ジャムははっとして飛び起きた。
「ここはっ?」
「おい、まだ安静にしてろ!」
アギィがジャムの額を小突く。
ジャムの目の前に一瞬星が映って、そのまま横たわった。
「あの、僕は一体・・・」
「ジャム君は5日間ほど高熱をだして眠っていました。その間に、アギィが君を背負って西島を出て、無事灯ノ島に着きました。」
カイロが、ジャムの倒れていた期間の出来事を変わらぬ笑顔で簡単に答えた。
「じゃあ、カイロたちの会いたかった人には会えたの?」
カイロは表情を変えない。
アギィは立ち上がり、顔を背けた。
「ヨウイチ=カシマは、ジャーナリストとして、軍の機密情報を盗んだ疑いで半年ほど前に軍に連行されたそうです。ヨウイチの家は、軍人に家宅捜索されて、めちゃくちゃになっていました。」
「おそらく、俺らに託したかったレンジの報告書だって軍の手元に行っちまっただろうな・・・」
荒らされた部屋に残されていたものは、彼の本来の研究『魚人族』の調査結果だけだった。
島民の話を聞き歩けば、鹿島要一は軍に連行された10日後には処刑されたらしい。
「目が覚めたかな?」
白髪の老人が白衣を纏い、白いカーテンを開けて顔を出した。
「はい、意識もはっきりしています。」
カイロが席を空け、老人医師を座らせた。
「双翼族とは珍しい人とお知りですね。あ、あなたの右目ですが、膿んでいたので少し手術させていただきました。背中の翼はちょっと処置の仕様がなかったのでそのままですが。」
ジャムは老人の言葉で、自分が今、身包みはがされていたことに気付いた。
ジャムは構えた。するとカイロが横から笑いながら、
「このお医者さんは、小さい頃の僕の主治医だよ。すごい変わり者で通ってるんだ。突然降ってきたように現れた僕なんかどの医者も診てくれなかったのにこの人だけは僕を診てくれたんだ。」
「医者は何物だろうが治療する。そのための生き物だよ。」
老医者もそういってケラケラ笑った。
その笑い声に、ジャムは顔が綻んだ。
「カイロ、要一さんのことだがな。」
ふと、老医者の顔が引き締まり、話題をカイロに振った。
「2,3年前だったかな、要一さんが腰痛を訴えて来院したんだが・・・カイロが帰ってきたら渡して欲しいと手紙を預かったんだ。わしは自分で渡せばいいじゃないかと断ったんだが、どうしても確実にカイロの元へ届けくようにしたいとかなんとか言って置いて行きおった。」
老医者が白衣のポケットから黄ばんだ封筒をカイロに手渡した。
「まぁ、今となったらよかった。要一さんは軍にお縄になっちまったし、そのあとにお前が帰ってきおった。」
「・・・ありがとう、じいさん・・・」
カイロのお礼の言葉に、老医者が微笑んだ。
「あのカイロが、お礼を言えるようになったんだな・・・」
その目は、カイロを見守り、助けてくれた家族を見つめる瞳と似ていた。
「・・・お礼が言えないなんて、よほど荒んだ子ども時代だったんだな、カイロって・・・」
アギィがジャムに耳打ちする。
「ふふ・・・」とジャムが隠れて笑った。
「アギィ、後で漁船に逆さ吊りね。」
カイロが悪魔の笑みでアギィに言った。
その瞬間にアギィの顔面が蒼白になった。
「仲良きことは、美しきかな・・・」
3人を見つめながら老医者は呟いた。
***
老医者がカイロに託した手紙。
それは、ヨウイチ=カシマがカイロたちに残した『レンジ=シーモスト』の調査結果の報告書だった。
殴り書きの手紙。
それは、ヨウイチ自身の身に危険が迫りつつあった証拠のようだった。
『雑賀カイロ様
あなたがこの手紙を読んでいる頃には、私はこの世にいないかと思います。
軍がシーモスト氏の件で、ジャーナリストを血眼になって探し始めました。私は重要書類をある場所に隠しました。
シーモスト氏から受けたあなたの依頼もそこに隠しました。
軍が根こそぎ我が家を荒らすでしょう。しかし、そこはちょっとやそっとじゃ見つからないと思います。
あなたの野望、叶いますことを祈って・・・
カシマヨウイチ
PS・・・天井の龍の目、ウリ坊の背中、斑点模様の鼠、ドラム缶の入り口』
「PSの後に書いてあるのがきっと書類を隠した場所なんだろうな。」
「天井の龍の目、ウリ坊の背中、斑点模様の鼠、ドラム缶の入り口・・・。天井って・・・どこの天井なんだろう?」
「ヨウイチはジャーナリストです。ジャーナリストはジャーナリストの紹介がないと依頼が受けられない。そして、その紹介が確実に自分の紹介であると証明するのが紹介手段。」
「モン婆さんが本名を告げることが紹介手段なのであれば・・・」
「ヨウイチは手紙だ。」
カイロはハッとしてレンジの家に届けられたヨウイチの手紙を取り出した。
「お前、それ棄ててなかったのか?」
「うん、なんとなく棄てられなくて・・・」
薄汚れてしわしわな手紙は、表面の文字を消しつつあった。
「・・・それ読んで何かわかるのかよ?」
「・・・ごめん、何にも・・・」
アギィは黙ってカイロを小突いた。
「・・・天井の龍の目ってさ、ああいうののこと言うの?」
そんなやり取りを無視して、ジャムが病室の天井を指差した。
ジャムの指差した木の天井には木目が様々な模様を描いて連なっている。
「東の国の多くが木造建築でな、天井も木の板で出来ているのじゃよ。最近はもっぱらコンクリなんじゃがな〜・・・そうそう、要一さんが木造建築について面白い話を言っていたよ。」
ジャムの指した先を見つめて、老医者が呟いた。
「じいさん、それ、どんな話?」
「東の国の木造建築の由来はな、鬼族なんじゃそうだ。鬼族は神言通りに世界を回ってきた種族だから木の天井を持つ木造建築は世界各地にあるんじゃと。そのなかでもいい木造建築っつーのが天井に使った木の木目の模様が綺麗に連なった建物なんじゃとさ。」
老医者は、さらに
「要一さんが絶賛してた建物は世界各国回って、“浦島”の木造建築だけじゃったそうだ。」
と続け、視線を下に向けた。
その老医者の言葉でカイロがピンときたのか突然手紙を仕舞った。
「じいさん、ありがと!アギィ、ジャム君、浦島へ行こう!」
そういうとカイロは病室を飛び出した。
続いてアギィも飛び出していった。
出遅れたジャムはまだパジャマを着ていた。
それに気付いて、ジャムは自分の服を探す。
老医者が、畳まれた綿の服をジャムに手渡した。
「あ・・・あの・・・」
「あんな麻の切りっぱなしの服じゃ恥ずかしかろう。カイロの奴が用意していた服じゃ。それから、皮製の眼帯じゃ。右目の手術は施したばかりじゃ。傷が養生するまでこれで覆っていなさい。それは医者命令じゃよ。」
ジャムは綿の布を切って縫っただけの簡素な服に袖を通して腰紐を結わいだ。
そして、老医者から貰った皮の眼帯を頭の後ろで縛り、マントを羽織った。
マントも、黒地の新しいマントであった。
「おじいさん、ありがとう・・・」
老医師はただ、微笑んで、灰色の少年、そして黒いマントの少年を見送った。
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