黒い翼の少年

ACT.26

“兄”が変貌していく様を横で見ていた。
片目から一筋の涙が頬を伝っていく。
そんな変わってしまった兄に触れられて、その憎しみや禍根が一気に自分の中に流れ込んできた。
そして自分にも一つの“役目”が生まれてしまった。

『セカイヲ、ホロボソウ。
 チチノツクッタ、フコウナセカイヲ・・・』

最後まで、終わりを見届ける。
黒い翼の少年と共に・・・

***
「ヒラー、どうした?」
漆黒の髪を持つ男は腰の位置まで伸びた髪を翻えしながら、白のテーブルで両腕をついて神妙にしている青年に声を掛けた。
「今からお前が育てた“キルト”の相方を見てくる。」
口の端が鋭利に引きあがる。
「ハイト、ジャムには何もしないでくれないか・・・」
居ても立っても居られず、鼠色の翼と髪を持った、金色の瞳の青年が、眉間に皺を寄せて立ち上がった。
「母さんの生まれ変わりに何をしようって言うんだい?」
ハイト=バレッド=オスカーは、軍の最高司令官である。
緑色の瞳は切れ長で、紺の詰襟には金のボタンと肩当のついている。右腕には最高司令官の地位を表すヒイラギの葉の刺繍が金の布に編みこまれた腕章がついている。
名前と姿を変えて、この地位に彼是、数百年と就いている。
最初はハイト=オスカーの名で、最高司令官まで上り詰めた。時期を見て自ら辞職し、次期最高司令官や将軍候補に有望な奴等を殺して顔を変えて成りすましてやってきた。
その様は、まさに悪魔そのものともいえる。
軍が200年戦争以降、軍勢力を衰えさせることがなかったのも、同じ人物が数百年と軍の上層部を牛耳ってきたからだ。
全ては、母を裏切った世界を滅ぼすため。
世界が滅びる様を見届けて、ようやく数百年生きながらえてきた地獄から脱出できる。
同じ苦しみを分かち合ってきた弟と、生まれ変わった母親と見届ける。
バレッドは笑いが止まらなかった。
そして、母を救わなかった父。
父は神でありながら罪を犯したくせに、罰がどうとかといって母を救わなかった。
あいつを数百年追っていて、漸く処刑台に送る準備が整った。

全ての準備が万端だ。

カウントダウンは始まっている。

「この期に及んで何をしようっているんだよ、ヒラー。ジャムは俺たちの母親・ルチア=ローウェイの生まれ変わりなんだろ?」

**
強い眼差しで、目の前の自分の分身を、ジャムはにらみつけた。
右翼しか残っていない鏡の向こうの黒い翼の少年は椅子の上でヤンキー座りをしてリンゴをかじっている。
ジャムの睨みなど気にも留めていない様子だ。
「あ、ジャム。自己紹介しようか?」
突然少年が顔をキラキラさせてジャムの方を向いた。
「僕は”sonne”とか呼ばれてるけど、本当の名前は、キルトっていうんだ。キルト=バーレン。誕生日は・・・君といっしょだから関係ないね。生い立ちも・・・さっき全部話しちゃったし・・・紹介することないね。よし、おしまい。」
それだけ一気に話すとジャムからそっぽを向いて座りなおした。
ジャムはだんまりを決め込んでいた。
同じ顔でまるで鏡の向こうにいるキルト。
性格は全く違う。
双子だと言っていながら通じ合うところなど何一つない。
ましてや200年戦争とか、ルチア=ローウェイの無念とか、そんな昔の禍根に今も深く深く蝕まれている彼等を仲間とは思えない。
ジャム自身、自分の力は確かにルチア=ローウェイの血を引き継いでいるかもしれない。
その力があれば世界だって滅ぼせるって、みんなが言うんだからそうなんだろう。
でも、自分がその力を使うのは、過去に囚われて身動きできない奴等のためじゃない、自分は何者なのかわからず、ただひたすら道を歩み続ける仲間や復讐を誓い、死をも恐れず立ち向かえる勇気を持つ仲間のためだ。
話を聴けば、ルチアの息子であるバレッドとヒラーは憎しみから悪魔になったという。
アギィの故郷を消し去り、異種族という異種族を根こそぎ殲滅し続けるバレッド。
自分のフリをして、長老や里長に近づき、双翼の里を焼き払って笑っていたキルト。
憎しみや妬みにかまけて、誰かを思いやるという潜在能力を失った2人こそ、真の悪魔なんじゃないのか。
こんな悪魔のためにルチア=ローウェイの持つ偉大な巫力を使うなんてばかげている。
そもそも、自分の学んだ『ルチア=ローウェイ』という人物は憎しみや悲しみで我を失う人物ではなかったと思う。
そんな人が、こんなに数百年経っても名が残っているなんて事はないと思う。
国を想い、世界を想い、愛したから、人間主体になってしまった世界から多種族の共存できる世界を造っていくことを一生の夢とした。
世界を滅ぼすとか、人間や異種族を消すとか、そんなことはルチア=ローウェイの悲願を盾に立てた、己の感情と欲望の暴走にすぎない。
手枷が外れたら、ここから逃げ出そう。
ジャムはそう思って、目の前でぼさっと外を見てるキルトを睨み付けた。

バレッド=オスカーは中性的な神秘を持った人だった。
漆黒の髪に、真っ白い肌、緑色の切れ長の眼。唇も細くて真っ赤な色をしている。
ヒラーと双子だったなんて思えない人物だった。
「まるで鏡ですね。」
口の端を鋭利に上げて、笑いながらジャムを舐めるように見つめている。
非常に気持ちが悪い。
「眼がいい。・・・私達に協力する気などない。と眼が言っています。」
バレッドはジャムの顎を掴んだ。
顔が近づく。
顔は笑っているけれど、眼が全く笑っていない。
キルトと同じ笑い方をする。
「カイロ=サイカと朱の魔族に何を吹き込まれたのか知りませんが、そうやって反抗していられるのは今のうちですよ。彼等と合間見えるときは、彼等が処刑台に上がるそのときです。」
バレッドの鋭利な口元から見える白い歯がガチガチと震えている。
「カイロたちは死なない。」
ジャムは強い表情を変えない。そう言うと、バレッドが少しキョトンとした表情を浮かべると、すぐに元の笑顔に戻して、
「そう言っていられるのも今のうちですよ。」
と言って、ジャムの居る部屋から出て行った。
「黙ってろよ。ゲスが。」
そのすぐ後、今度はキルトが憎しみを帯びた表情でジャムを殴った。
「お前は黙ってルチア譲りのその巫力だけ僕たちに提供してくれればいいんだよ!」
物凄く歯軋りをしている。
怒りに狂った鏡の中の自分は、悪魔そのものだった。
キルトは言いたい放題喚き散らすと、部屋を出て行った。
正直すっきりした。
わかったことがある。

この人たちとは共存できない。

厳重な見張りの元、夜が更けた。
警備は厳重のはずだが、彼はジャムのところにやってきた。
「ジャム様・・・」
転寝していたジャムは、呼ばれながら体を揺すられて眼が覚めた。
「薄暗い室内には、翼の影が揺らめいていた。」
「もしかして・・・ヒラー?」
影がコクンと頷いた。
「ジャム様、ここからお逃げください。」
「ヒラー・・・どうして君が・・・世界を滅ぼすんでしょ?」
鼻で笑うように、たしなめるように、ジャムはヒラーに問いかけた。
「私は、あなた様に出会うまで兄と同じく悪魔に魂を売ったかのように、憎しみと怒りで、母を裏切った双翼の里を探し続けていました。
キルト=バーレンにあったとき、兄と二人で漸く悲願が達成できると喜んだものです。しかし、双翼の里であなた様に出会った・・・
あなた様は本当に純粋で、真っ直ぐで・・・始めは下心がありました。あなた様を手なずけて世界滅亡に一役買ってもらおうと本気で思っていました。
ところがあなた様は、希代の大御巫の生まれ変わりとして、幼いながらその期待に必死に応えようとしていた。
そのことで苛められて悩んでいたにもかかわらず・・・
仲間に入れてもらえないことを憎むどころか、まっすぐに大御巫であることを受け止めて修行に励んでいた姿に、私は不覚にも母の面影を感じてしまいました。
この方を一生お守りして行きたい。この方だったら母の本当の悲願だった万物共存が叶うかもしれないと・・・
次第に、私の考えはあなた様に浄化されて兄の考えからかけ離れていきました。
そんなときに、里が殲滅されました。
私には全く情報がありませんでした。黒煙に包まれてあなた様を見失ったとき、私はキルトに助けられました。
そして、あなたは死んだと聞かされました。
母親の生まれ変わりの片割れを殺すなんてと私は兄に抗議しました。
しかし、兄はジャム様は要らないと言い放ったのです。
レッドポートで双黒の双翼族が出没したと聞き、ジャム様が生きていることを知りました。
しかも、父・・・灰色の髪と瞳をした青年と殲滅したはずの『朱の魔族』の青年と共に逃げたとの情報でした。
さらに現地の人に深く話を聴いていけば、その日のうちに兄の力で処刑されてしまった若者はあなた様を『友』として守ったのだとか・・・
まっすぐなあなた様は、私達の邪魔がなければ、確実に多くのものを味方につけるだけの天性の才があります。
父・・・今はカイロと名乗っているんですか、彼を引きつけ、魔族、人間を仲間にできるだけの技量がございます。
ジャム様、ここはお逃げください。
そして、兄たちを・・・いえ、私達をこの呪縛から解き放ってください。」
ヒラーは、ジャムの手枷を外し、その手をやさしく握った。
「私はあなた様に仕えることが出来て、本当に幸せでした。」
ヒラーはそういうと、ジャムの背中に小さいリュックを背負わせると、ジャムの後ろにある窓ガラスを割った。
ガシャンという大きな音で、他の軍人がジャムの部屋に集まる。
「ジャム様、ここから飛び降りましたら、この紐を引っ張ってください!無事を祈ります!」
「ヒラー!ヒラーも行こう!」
ヒラーは、光栄ですと言わんばかりに泣きそうな表情で笑みを浮かべて、ジャムを窓から突き落とした。
「ヒラーーーーー!!!!!!」
ジャムは闇夜を包む大空に投げ飛ばされた。


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