黒い翼の少年
ACT.27
鼠色の双翼に金色の瞳の青年は、優しく微笑みかけた。
「大丈夫ですか?」
心がすさんでいた黒い翼の少年は青年の肩に触れる手を振りほどいてわめき散らした。
「触るな!僕は御巫なんだ!大御巫ルチア様の生まれ変わりなんだ!」
力が大暴走して、周囲が荒れている。
修道院の御巫たちがぞろぞろとジャムの周りに集まってくる。
青年は触れていた手を行き場もなくぶらぶらさせながら、少年と取り巻きの御巫たちを見送った。
思いつめた目をしていた。
予想以上に、ルチア=ローウェイの生まれ変わりは心に闇を抱えていた。
それでも、自分に比べればましなものだ。と青年は思っていた。
「どうも、失礼をいたしました。」
遅れて、老女が青年に話しかけてきた。
「・・・いえ・・・」
「巫力を・・・お持ちなのですか?」
老女は、少しおびえた表情で尋ねてきた。巫力は通常双翼族の女性にしか宿らない力。
大御巫ルチア=ローウェイの生まれ変わりの黒い翼の少年は男で唯一巫力が宿っている。
「・・・少々・・・」
ためらいながらも、青年は小さい声で肯定した。
「そうですか・・・」
老女は頬を緩め、男子禁制の修道院へ招き入れた。
まるで老女は青年のことを知っているかのようであった。
青年を招きいれた理由を、老女は後に語ってくれた。
「あなた、お名前は?」
「ヒラー・・・いえ・・・」
思わず本名を口にしてしまいそうになって口をつぐんだ。
「ヒラーさんですか。私は此処の御巫頭をしています、マリアと申します。」
老女は丁寧でやわらかな口調で話し始めた。
「あなたは私の遠い親戚ということにしましょうか。男なのに巫力が宿ってしまったので、里から養子に出したのを私がジャム様の教育係として呼び戻したということにしましょう。」
「・・・は・・・はぁ・・・」
「気になさらないで下さい。私も70年近く御巫として里に尽くしてきました。身よりもいませんから、あなたさえよければ、そういうことにしておいてくださいませんか?」
こうして、青年は御巫頭のマリアの家で生活を始め、修道院でルチア=ローウェイの生まれ変わり、ジャム=ローウェイの教育係となった。
運がいいのか、都合のいい始まりだった。
このままうまく手なずけられれば・・・
なんて軽々しく思っていたらそんなことはなかった。
ジャム=ローウェイは出会った時に見せた顔は自分に傲慢でワガママな子どもそのものだったが、普段は勉強熱心で、好奇心もあるまっすぐな子どもだった。
変につけこめば、こちらがどうにかなってしまいそうな雰囲気も持っていた。
「ヒラー、ヒラーは外から来たんでしょ?やっぱり外って広いの?」
「はい、外はとても広いです。一般的には世界・・・と呼んでいます。」
「世界?」
「はい、この里も世界の一部なんです。」
「外・・・世界ってニンゲンっていう悪い奴のものなんでしょ?そんなに広いところにたくさん悪い奴がいるの?」
「世界は人間のものではありませんよ。それに人間ばかりではありません。双翼族のように背中に羽根の生えたひとや、耳の大きなひと、しっぽの生えてるひと、『魔法』という巫力と違った力を操るひともいますよ。みんな集まって世界は出来ているのです。」
「僕が読んだ本には、外は悪いニンゲンばかりで、変わった種族を殺して自分達のものにしてるって書いてあったよ。」
“異種族殲滅戦”のことを言っているとすぐにわかった。
ヒラーは、なるべく表情を変えず、少年の無邪気な話に耳を傾けていた。
異種族を見つけ、片っ端から消していく。
自分を此処に導いた少年・キルトに出会うまで、自分と兄である軍の最高司令官が立てた双翼の里の探し方だった。
異種族の住処を見つけるのが自分、そこを殲滅するよう指示を出すのが兄。
此処もいつかは滅びる。
全ての種族を滅び尽くしたら、人間をこの世から消す。
そうすれば世界はまっさらになって1つになる。
自分達の悲願。母親の悲願。
「ニンゲンばっかりじゃなかったら、もしかしたら良いヒトもたくさんいるんだよね。」
「・・・そうですね・・・」
「よし、僕が大御巫様になったら、まず里を大きくして“世界”に飛び出すんだ。そして、たくさんのヒトと仲良くなって、みんなで一緒に暮らすんだ。こんなに狭い里じゃなくて、広い広いところに暮らすの。どう?こんな夢、へんかな?」
「・・・そんなこと、ありません!素晴らしい夢です。私も・・・大賛成です。」
「でね、僕は御巫だから、僕の力で悪いニンゲンをやっつけてみんなを守るんだよ。」
子どもらしい大きな夢をもった少年。
黒く透き通った瞳は、母親・ルチア=ローウェイを思わせる。
ルチアも、自分の大きな力をそうやって世のために生かそうと思っていたのだろうか・・・
ジャムと接していくうちに、ヒラーは、今まで数百年してきたことが消えて心が浄化されていく気になっていた。
しかし、時々数百年にわたって多くの種族を葬ってきたその罪の意識が彼の心を苛んでいた。
夢にまで、それが現れるようになってきた。
寝苦しくしているところに、老御巫・マリアがやってきた。
「ヒラー、大丈夫ですか?」
ヒラーはその声で目が覚め、起き上がる。
脇に座るマリアが、汗だくの額に触れてきた。
「すみません。マリア様、うなされていましたか?」
「良いのですよ。ホットミルクを持ってきましたよ。一緒に飲みましょうか。」
「・・・すみません・・・」
ヒラーは布団の端を握った。
やさしさが胸を突いて、苦しい。
「ヒラー、ジャム様はどうですか?最近とても良い笑顔を見かけるのですよ。」
「・・・ジャム様は・・・健やかに・・・」
「ジャム様が、ルチア様の生まれ変わりなんて錯覚ですわ。」
「・・・え?」
「確かに魂は彼女のものかもしれませんが、ジャム様はジャム様です。持って生まれた力もジャム様のものです。皆が皆、彼をルチア様の生まれ変わりと捲くし立てるから、小さい頃からそのプレッシャーに押しつぶされそうになっていて苦しんでおられました・・・私は御巫頭として、そんなジャム様をお守りして差し上げたかったのですが、御巫を育てるのが私の役目・・・それ以外の感情はどうしても殺さなければならなかったのです・・・
ヒラー、あなた、自分が此処にやってきた日のことを覚えていますか?」
「・・・はい・・・」
「この里はね、外部者は入ってはいけないようになっているのです。もちろん、この里から外に出ることも禁じられています。しかし、あなたはすんなりと入りこむことができた。」
「・・・あの・・・」
「あなたが何かしらよきにしろ悪きにしろ使命を帯びてやってきたのは目をみてわかりました。誰かの手招きでもあったのでしょう。しかも、あなたは宿すはずのない巫力を持っている。」
「私が・・・ジャム様の巫力を弾き返したからですか?」
マリアはゆっくり頷いた。
「巫力は巫力でしかはじき返せませんからね。あなたの登場で、うちに伝わる先祖代々の言い伝えが守られる日がきました。おまちしておりましたのよ。ヒラー=ヴィラド=オスカー様。」
ヒラーはマリアから少し離れた。
自分の正体を、彼女は最初から見抜いていたのだ。
「私の一族は、ルチア様の侍女であったマリア=ラルファ=ローウェイから始まっております。ラルファーは、ルチアがニンゲンの捕縛された後、2人のお子様を、父であり、神でもあるリト様の下へお連れしたそうです。」
ヒラーの脳裏に、白い翼の女性が蘇る。
今、目の前にいる老女・マリアの翼もその女性同様に真っ白である。
「2人のお子様をお連れした際、リト様はこんなことを言っておられました。」
**
「ラルファー、ハイトとヒラーを連れてきてくれてありがとう・・・」
「いえ・・・双翼族はルチア様のお子様とは言え、異種族の血を持つものを共存することはできないと・・・」
「・・・私が・・・ルチアを愛してしまったばっかりに・・・この子たちには罪もないのにな・・・」
「リト様も掟を破って罰を受けておられるではないですか。双翼族の長たちは結局自分達のことしか考えていないんですよ。ルチア様がどうして世界を開かれようとしているかなんて考えたこともないんです。」
「ルチアが全力を尽くしても、私の作った愚物どもは“共存”を拒否するのだ・・・ラルファー、ルチアはもうじき死ぬ・・・そして私も、魂は残れど死ぬ。この子たちには申し訳ないのだが、私の血を受け継いでいる以上半永久の命、生き続けねばならない・・・お前は里に戻って子孫を残していくのであろう?頼む、是非、この子たちを守ってくれないか?」
「・・・しかし・・・」
「・・・もしかしたら、そのせいでこの子達の運命はよりどん底を這い回ることになるかもしれない・・・何十年か何百年経てば、双翼の里に、いつかルチアの魂は輪廻する。それはわかっていることだ。生まれ来るルチアの魂と共に2人を助けてあげてくれないか?」
「・・・リト様・・・」
「私は・・・神と言えど罪人だ。永久の命、罰を受けるために捧げる。ラルファー、頼んだよ・・・」
**
「以来、私の一族には、代々御巫頭となって、ルチア様の魂を持つ御子が生まれ、男で巫力の仕える者が里に現れた時は、手厚くお迎えするようにと伝えられております。」
ヒラーの目から涙が零れた。
「父は・・・私達を棄てたのでは・・・」
「・・・遅くなってしまい、申し訳ありませんでした・・・ヒラー様・・・」
マリアは深々と頭を下げた。
「マリア!そんなの止めてください!私は・・・私は・・・父や母の意に反して・・・」
先を喋ろうとしたとき、マリアがそっとヒラーを抱きしめた。
「・・・多くの罪を犯してきたのでしょう・・・あなたの目がそう言っていますよ。あなたは、もう十分苦しんでいます。ジャム様は、その心を癒してくださるでしょ?不思議なんですよ?ジャム様には心を安寧にして、多くのものを惹き付けるお力を持っているのです。それはルチア様も持っていないお力なのです。」
「・・・はい・・・私は彼に・・・とても救われているのです・・・」
「だから、ジャム様はジャム様なのです。ルチア様ではないんですよ。」
「・・・はい・・・」
ヒラーはマリアの胸でひとしきり泣いた。
「ヒラー。」
「なんでございましょう?」
「嫌な予感がするんだ・・・」
ジャムとヒラーが出会って10年目のある日の出来事。
里から少し離れたところにある修道院付属の御堂で、ジャムは未来を読む力『先読み』の修行をしていた。
突然の言葉だった。
ジャムはその言葉に従うように、御堂を飛び出した。
「ジャム様!」
ヒラーは後を追いかけた。
御堂の入り口でジャムは止まっていた。
「ジャム様?」
「ヒラー、黒い煙が・・・」
目の前を黒い煙が物凄い勢いで立ち上っている。
「里がっ!ヒラー、行こう!」
「ジャム様!ジャム様、お待ちください!ジャム様!」
*
「随分腑抜けてきたね。」
「キルト・・・様・・・」
ケラケラと笑う黒い翼の少年。
黒煙の立ち上る深い森は、緑色の神秘な空間を消し去った。
「僕の兄弟は死んだかなぁ・・・」
「そんな、ジャム様は・・・」
「ジャムっていうんだ?変な名前。」
ジャムと同じ顔で意地悪そうに汚く笑う。
同じ顔をしていて全然違う。品のない少年。
同じ血を分けたとは思えない。
「僕も一応巫力あるし、ジャムさんなんか居なくたって君たちの思いはかなうんじゃないかなぁ。」
「私は・・・」
「私ぃ?」
キルトはヒラーの頭を足で小突いた。
「今まで俺って言ってたくせに随分品のある言葉になっておりますこと~」
「・・・なんでもありません。」
「ふーん」
『僕が大御巫様になったら、まず里を大きくして“世界”に飛び出すんだ。そして、たくさんのヒトと仲良くなって、みんなで一緒に暮らすんだ。こんなに狭い里じゃなくて、広い広いところに暮らすの。どう?こんな夢、へんかな?』
みんなで一緒に・・・暮らす世界なんか、あなた無しでは造れません・・・
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