黒い翼の少年
ACT.25
僕は、御巫だと言われて育った。
大御巫ルチアの生まれ変わりだからと、修行も厳しかったし、周囲の目も厳しかった。
「ジャムなんか入れてあげないよー」
今でも、その言葉が胸に突き刺さる。
修道院の子ども塾で2つ下の弟に毎日言われていた。
弟は巫力を持ち合わせていない極普通の子どもだった。
修道院は基本的に御巫を目指す人が修行を行なう場所だ。
子ども塾も、御巫を目指して欲しいと望む親が、巫力のある子どもを入れる塾だからエリートが揃う。
弟は、ルチアの一族の子孫であるローウェイ家ということで半ば無理やり入塾したものだ。
僕はローウェイ家の人間だが、一族的には分家の分家で、生まれてすぐ本家の御巫が、ルチア様の生まれ変わりだと言って養子に入れられた。
教育はしっかり受けたが、弟の僻みから里に友達はいなかった。
でも、周囲はルチア並の巫力と御巫の能力を望み、期待してみるから、それに応えることこそが役目と信じてきた。
5歳のとき、弟とその仲間に苛められて参考書を燃やされた。
僕は怒った。
すると、その仲間の一人が「お前は御巫だろ!巫力で俺たちをやっつけてみやがれ」と言ってきた。
そのとき、怒りから、僕の中の糸がプツリと切れた。
あのときの記憶はない。
ただ、力が収まって意識がはっきりしたときには横にヒラーが居て、
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
と必死に心配してくれた。
僕の暴走を抑えたヒラーはそのときから僕のヒーローで、友達だった。
何があってもヒラーは僕を見捨てなかったし、僕の知らないことをみんな教えてくれた。
後から父親から
「ヒラーは突然現れた謎の男だから仲良くするな」
と言われた。
どういうことか聞くと、僕が暴走したときにひょっこり現れた奴だとかいっていた。
しかし、修道院の他の御巫から聞くと、昔から居たと笑顔で教えてくれた。
そのときの矛盾なんか深く考えたこともなかった。
ヒラーはどんなときでも僕を守ってくれて、共に修行できる仲間だったから。
それから10年近く経つと、同級生や弟の中傷など耳に届かなくなるほど御巫としての修行が忙しくなってきた。
里の滅亡の日、僕はヒラーと一緒に御巫堂という神聖な御堂で“先読み”という未来を読む修行をしていた。
御堂は里よりも森の中に入ったところにあるから、里の状況は全く見えなかった。
昼を少し過ぎた頃、突然、胸がざわめき、僕は修行を中断して里に戻ることを進言した。
ヒラーは「そうですね」といつものように言って、御堂を出た。
御堂を出ると、里のほうから黒煙が立ち上っており僕は急いで里に戻った。
里へ足を踏み入れたとたん、黒煙が僕の周囲を覆い、前に進めなくなった。
ヒラーの姿もそこから見えなくなった。
ひどい煙幕だった。
今からすれば異常なほどの煙の量だった。
それほどの煙が上がっていたせいなのか、建物が燃えている状況が全くわからなかった。
アギィは、仲間が集団自殺を図った時、人の燃える臭いで尋常でないことが起こっていると3歳でも気付いたと言っていた。
僕は人が燃える臭いなんて、知らない。
でも、3歳の幼児でも臭いで人が死んでいるのだと察することができる状況なのだ。
僕はあの時、そんな臭いは感じなかった。
僕の感じたデジャヴでは火薬の臭いがしたけれど、実際の状況では火薬の臭いや人の焼ける臭いなんてしなかった。
だから、里が滅亡したとか、里のみんなが死んだとか、クレス・ルギアでバギーを眺めているときには風評だけしか知らず、信じられずに居た。
カイロに連れられて、里の焼け跡に立って、初めて里は滅亡し、里の者はみんな死んだのだと悟った。
そして、今。
カイロやアギィのお陰で、自分が生かされて、すべきことを見つけた。
そして、新しい仲間が出来た。
もう、誰も
「ジャムは仲間に入れてあげないよ」
と言ってかくれんぼうに混ぜてくれないなんてことはなくなった。
僕は御巫だ。
でも、仲間・・・今から思えば本当に仲間と呼べたのかは疑問だが、彼等を守れなかった。
御巫は双翼族を守るというけど、そんなことは詭弁にすぎない。
僕は、御巫だけど、「御巫御巫」と祀り上げて本当の僕『ジャム=ローウェイ』を見ない人たちを助ける能力は持ち合わせていない。
でも、そんな人たちだったけど、僕を『御巫』として認めてくれたから、力を使って助けてあげたいと思った。
だから僕は双翼族の仲間を滅ぼした人たちを許さない。
そう、例えヒラーが、僕の兄と名乗る奴が、人間たちを手招きしたとしても・・・
***
カイロたちは浦島の『龍の目』の天井がある家に再度お邪魔した。
次に出てきたのは、無垢な少女ではなく、少女の父親だった。
男はカイロの姿を見て目を丸くした。
「・・・灰郎・・・生きていたのか・・・」
「セツおじさん、お久しぶりです。」
カイロは目の笑っていない笑顔で会釈して本題をサックリ口にする。
「最近、鹿島要一という人がこのうちに尋ねてきたんじゃないですか?いや、それよりもっと前、まだ僕の母が生きていたころ、レンジ=シーモストという人が尋ねてきていると思いますよ。」
「・・・あがりなさい。」
叔父は、カイロとアギィを招き入れた。
龍の目の天井の部屋に通され、腰掛けるよう薦められるまま、カイロたちはその場に座った。
叔父は、カイロたちと向き合いに座り、大きくため息をついた。
「さて、何処まで知っているのか判りかねるが、灰郎の言ったように先日、鹿島要一はこのうちに訪ねてきた。私は義姉の遺言通りレンジ=シーモストの調査結果を見せた。要一は笑顔で頷き、これを灰郎が来たら見せるように言われた。」
そういうと叔父は立ち上がり、柱をコツコツと叩き始めた。斑点模様の鼠が居るところを叩くと床の間の壁がゆっくり開き、小さな扉が見えた。
それに付いてるダイアル式の鍵を合わせて開ける。
黒い漆黒の小さな箱を取り出し、カイロの前に出した。
「これが・・・レンジさんの・・・」
カイロとアギィ、2人はツバをごくりと飲み込んだ。
そしてゆっくり箱に手を掛けて、蓋を開けた。
一枚の紙が入っている。
「これだけ・・・?」
紙には
『カイロへ』
と一行書かれているだけであった。
カイロは叔父を見る。
叔父は、苦笑いを浮かべる。
「調べた結果はそれだ。」
「何にも書いてないじゃねーかよ!」
アギィが掴みかかろうとするのをカイロが制す。
叔父は、「ふー」と大きく息をつく。
「調査結果は私の・・・私達の既に知っていることだったのだよ。
私達の口からそれを伝えてくれと、ジャーナリスト達は言ったよ。
カイロ、カイロはな、神なんだ。此処が鬼族の住処だった頃、この島に流されてきた神族の青年そのものなんだ。
君が世界を作り、たくさんの種族を造り上げた張本人。
そして・・・ルチア=ローウェイに恋をして彼女に子どもを与えた。
そしてその子どもを悪魔に変えた。
君は神でありながら罪を犯した。
神の罪を知っているか?
それは特定の者を愛し、その証をもうけることだ。
罪を犯せば罰が与えられる。
その罰が、最も愛すべきものを地獄へ落とし、子どもを悪魔に売り渡し、そしてその全ての記憶を消失する。
そしてなぜ生きているのか判らないまま永久にこの世を生きながらえなければならない。」
そうやって記憶のない中で、青年は再び罪を犯した。
鬼族の女を愛し、その証を造ってしまったこと・・・
罰は再び青年を襲う。
罰は鬼族を消し去り、愛の証も消滅した。
そして青年を大気に変えた。
大気となった青年は再び人になれる数百年を浦島でさまよった。
そして22年前、大気となった青年はある贖罪のために再び人となってこの世に現れた。
ルチア=ローウェイと神の間には双子の子どもがいる。
二人とも悪魔となって半永久的に生き永らえている。
一人がルチアの血を持っていて、双翼を持っている。
もう一人のほうが憎しみに覆われて姿かたちを変えてしまったが、元は綺麗な灰色というか銀色の髪と漆黒の瞳を持った子どもだった。
双翼を持った子どもは『ヒラー=ヴィラド=オスカー』
神の要素を供えた子どもは『ハイト=バレッド=オスカー』
という。
「これで、お前達の知りたかった・・・彼等の調査結果だ。灰郎のことは兄貴夫婦も知っていた。本来ならば、こんな回りくどいやり方をしなくても、どこかに神の記憶があるんじゃないのか?兄貴もいずれ思い出すだろうって言ってあえて口にはしなかった。」
叔父は懐からパイプを取り出して火をつけた。
アギィは信じられないと目を丸くして、カイロの方を見た。
カイロの灰色の瞳からは涙がとめどなく溢れていた。
「・・・今、思い出しました・・・」
「・・・カイロ・・・」
「僕の生まれた理由・・・ルチアと共に決めた悲願・・・叶えなきゃいけない・・・」
カイロは袖口で涙を拭った。
「有難う、叔父さん。」
「灰郎、お前は神だ。だが人だ。お前を育てたのは俺の兄貴だ。・・・今更こんなこと言えたギリではないが、此処はお前の家なんだ。・・・いつでも帰ってこいよ・・・」
叔父うつむいていた。そのうつむきの下に、カイロは父親を見た気がした。
「有難う。」
カイロは立ち上がった。
「アギィ、僕は息子達を止めないとならない。そして唯一愛した女性を救わないといけないんだ。真実は残酷だね。君の宿敵は僕の息子だったわけだけど、協力してくれるかな?」
アギィが黙って立ち上がる。
「バレッドはお前の息子じゃねーよ!過去、お前の息子だったかもしれない。だが、今は悪魔だ。そしてお前はカイロ=サイカであって神じゃない!人だ!俺は人であるカイロ=サイカと仲間になったんだ!俺はバレッドを殴れればそれでいい!いくぞ!」
アギィはダンダンと足音を踏み鳴らして家を出た。
「君は全く、素晴らしい神経の持ち主だよ・・・」
カイロは苦笑いを浮かべて後を追った。
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