黒い翼の少年
ACT.18
僕が今も忘れられない一言
「あのさ、お前もレンジさんも、ついでにヨウイチ=カシマさんも勘違いしてるから、敢えて言うんだけど、俺、アグリ=ヴォルトじゃなくて、アグリヴォルトだから。」
それを聴かされて、僕は何が違うのかいまいちわからなかった。
後に、モン婆さんやアザミと出会って、“朱の魔族”には姓というものがないことを知った。
ようするに、アグリヴォルトは、
アグリが名前で、ヴォルトが姓というふうに分かれていないということらしい。
ソレを聴いてから、僕は彼を『アギィ』と呼んだ。
***
ジャムは【ポット・レット】という商船専門の港からカイロ・アギィと共に【エスター・コート】へ向かうことになった。
アギィは船が苦手らしく、貨物船の倉庫に潜んでから一言も口を利かず、石のように蹲っている。
カイロは、【エスター・コート】が自分のふるさとで、そこから旅に出た経緯をジャムに聞かせてくれた。
それで、一夜一夜と過ぎていった。
乗り込んで数日。
荷台の扉が開いた。
3人は奥へ奥へ逃げ込んだ。
ガタガタとせわしなく船員達が動き回っている。
「おい、軍のお触れだ。」
そんな中、船長と思しき人が船員達を呼びとめ、そう告げた。
ジャムの横で、その言葉を聞いたカイロが体を震わせた。
「・・・カイロ?」
小声でジャムがカイロを呼ぶ。
「困りました・・・ここまで軍が追ってきてたとは・・・」
カイロが自分の鋭利な顎を掴み、しばらく考え込んだ。
カイロが黙りこくってしまって、ジャムは何が起きているのか状況が掴めずに居た。
すると、先ほどまで死んでいたアギィが、
「・・・“お触れ”ってのは、いわゆる船の検問ってやつだ。軍が船に立ち入って、悪い荷物を積んでないか確かめるんだよ。それで許可が下りれば先に進める。」
と説明してくれた。
「つまり、この近海で僕らが船に乗り込んだ情報を軍が得たんだ・・・」
カイロの表情が険しくなった。
商船における、旅人の無断乗船はある意味承認されつつあった。
それは、旅人が下船する際、きちんと乗船料を置いていくし、食糧などの生活物資は旅人自身が自分で用意し自分で始末するから商船の乗組員に迷惑など微塵もかからないからだった。
むしろ、大きな商船は、旅人の乗船を歓迎するくらいだ。
無断乗船は、マイナスにならない、むしろ商業者にとってプラスになることなのである。
それを軍が統率することは、普通の旅人なら、あまりなされない。
しかし、乗っているのが魔族に双翼族ときたら話は違う。
アギィとジャムは軍が消しておきたい種族NO.1、NO.2だ。
そして、カイロ。
彼は、神の地【ノース・アイランド】で死んだジャーナリスト・レンジ=シーモストの同棲者。
軍がジャーナリストの存在に気付き、その存在を危惧していたのだったら、魔の手はカイロにも伸びてくる。
カイロ・ジャム・アギィ
三人は軍のお尋ね者リストに堂々ランクインされていたのだった。
「あやしいのは、【グランド・クレス】で会った、“Sonne”だな。」
アギィが呟いた。
ジャムはそれに黙って頷いた。
「検問だ。」
低い声音とともに、周囲が水面の波紋を打ったかのように、しんとなる。
ジャムはカイロの方を見た。
カイロの表情に絶望の色がにじみ出てくる。
倉庫から荷物が下ろされていく。
3人の目の前が徐々に明るくなってくる。
もう駄目だ・・・
と思った瞬間、周囲が突然騒がしくなった。
「おい、“Sonne”だ。“Sonne”が船に・・・。」
もう1つ2つの荷物を退かせば、3人の姿が丸見えになってしまうところだった。
「ご苦労様。でも、君達の仕事は無駄骨になった。」
荷物と荷物の隙間から、ジャムとカイロは覗き込んだ。
倉庫の入り口前で軍服を着た数人の軍人が、頭1つ2つ分も低い黒いマントの子どもに頭を下げていた。
軍人の中心に立つ黒マントの少年。
それは、ジャムとアギィが【グランド・クレス】のメインストリートで、『ストリート』の連中を血まみれにしていた少年だった。
「別の隊が目標物を【ミドル・キャスト】で捕獲しました。司令官より、各隊引き上げ命令が下りました。」
それを聞き、黒マントの少年を囲んだ軍人が船員に敬礼をして船を降りていった。
最後に黒マントの少年も、船員に同じような敬礼をして降りていこうとした。その瞬間、ほんの一瞬だったが、少年はジャムたちの隠れている倉庫に振り返り、笑みを浮かべていた。
そのように、ジャムには見えた。
軍が去り、船員達は、ぶつぶつ文句を垂らしながら荷物を倉庫に戻していく。
船員たちもジャムたちの存在には気付かず、荷物を積んでいく。
「全くいい迷惑な話だよな。」
「これから旅人も旅をしにくくなるんだろうな・・・」
「旅なんか一種の金持ちの道楽だろ?そんな趣味がなくなれば、金持ちだって地道に働くことを覚えるんじゃないのか?」
「そういえば、捕まったっていう旅人は、何をしでかしたんだろうな?」
「さぁ・・・あ、そういえば昔にもこんなことなかったっけ?」
「は?いつだよ。」
「確か・・・俺が船乗り見習いやってた時期だから・・・10年近く前かな・・・」
「あ、あれだろ?旅好きの雑誌記者が、【神の国】で食うに困って泥棒して逃亡したっていう・・・あれって死者がでたんだよな?」
「そうそう、しかも拳銃抜いた相手ってのが、運悪く軍人だったんだよな。」
「名も残らないような一兵卒な。その軍人さんもかわいそうだよな。たまたま休憩中に入った店らしいじゃん?」
「それも運悪く【ミドル・キャスト】行きの商船で捕まったんだっけ?・・・おい、お前顔色悪いな?」
「・・・俺、その船に乗ってた・・・」
「マジ?当事者じゃん。」
「その旅人って、船で射殺されたんだって?」
「・・・ああ・・・」
「名前なんてったっけ?」
「・・・ンジ・・・」
「なんだよ、げんきねぇな?」
「レンジ=シーモスト・・・」
ガタン
「ん?倉庫の方で物音しなかったか?」
「ねずみだろ?」
荷を積み終えた船員たちは、船を再出航させた。
「なんにせよ間一髪でした。」
カイロが一息付いた。
「おい、カイロ、何で止めたんだよ!」
アギィが息を巻いてカイロに掴みかかってきた。
「だって、あの状況でお前外出てみろよ。お前の容姿だけで通報されちゃう。中心大陸は人間の世界だ。お前のその容姿だって此処では危ういものなんだよ。」
「でも、レンジさんが・・・」
「うん、スゴイ言われようだったね。レンジは食い逃げで人を殺すような人じゃない。きっと何かを掴んで、追いかけてきた軍人を撃ったんだろうね。」
アギィは拳を甲板に打ち付けた。震えている。泣いているようだった。
「なんでもニンゲンの思うとおりか・・・気持ち悪いね・・・この世界・・・」
ジャムが、独り言のように呟いた。
その呟きを聞いて、2人は苦笑いを浮かべた。
「早く、そんな世界を無くしましょう・・・」
決意を固めたのか、カイロが力強い言葉をこぼした。
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