黒い翼の少年

ACT.19

檻に閉じ込められていた少年は、漆黒の瞳に輝きを失い、死んでいるようであった。
差し伸べた手を取り、微笑んだ少年。
「あなたのために、一生を尽くします。」
とか細い声で言っていた。
その言葉を忘れたことはない。
***
東の国は、小さい島々が群れを成し、一個の国となっている。
この群島を【エスター・コート】と呼ぶ。
ジャムたちを乗せた貨物船は、【エスター・コート】の中でも西よりの小島、その島は西島と呼ばれている港に停まった。
商船に無断で乗り込んだ旅人は、停泊する前夜にこっそり船を下り、海を泳いで上陸する。
そして、お世話になった意を込めて、旅人はチップを船に置いていく。
ジャムたちもそんな旅人の流儀に習って、停泊の日の朝方、倉庫にチップを残して船を下りた。
朝靄で覆われている船は前後左右全く見えない状況だった。
海の水も冷たく、長時間海に入っていたら凍死してしまうのではないかと思うほどであった。
なにも知らないジャムは、ただカイロたちについていくだけであった。
麻の汚いマントが水を含んで重くなる。ソレのせいで沈みかけることが何度もあった。
必死で喰らいついて、漸く陸地に上がることができた。

【エスター・コート】
数十個という小島が群がる、神言によれば、生物最期の土地。
国民は、各島の島民と呼ばれる。
小島が多いため、未開発の島が点在している。東に行くほど未開発な島が多い。
一番栄えているのが、西島である。
因みに【エスター・コート】の首都も、西島である。

「これから、僕たちは『灯ノ島』へ行きます。『灯ノ島』へは、西島の一番東側の港から出航している漁船に乗って行きます。」
上陸したてのジャムたちは、カイロのこれからの行動説明を聞き、「はーい」と気だるく返事をした。
アギィも、ジャムも疲れていた。
岩場で大の字になって横たわっていた。
潮の香りが鼻孔をくすぐる。
【ウエスト・ランドル】のレッド・ポートで同じ香りを嗅いだ。
でも、その香りとまた違う気がするのは、ジャムの心に少しずつ灯が灯ってきたからなのだろうか。
みんなが生かしてくれた命。
みんなのために、尽くしていきたい。
ジャムは打ち寄せる黒い波を見て、心の中で決意を固めた。

夜半過ぎまで、休憩し、それから亀のように3人は動き出した。
西島は【エスター・コート】の首都である。
確かに街のネオンは【グランド・クレス】とひけを取らないくらい明るく、ソレを可能にしている島一番の大きい発電所は完全軍監視の下、昼夜問わず電気を送り届けている。
「この電力を可能にしているのが、【エスター・コート】の何処でもとれる石炭と石油。特に西島と、その隣の耀島(あかるじま)は石炭の出土率が高く、島民のほとんどが炭鉱で勤めている。軍も此処を重要給油拠点として、扱っているから兵器施設なんかも一杯建設されている・・・まだまだ気の抜けないところだね。」
カイロが海岸線を歩きながら、島のネオンを見上げて呟いた。
「僕がこの【エスター・コート】に居た頃は、炭鉱が発掘されたばかりで、まだこんなに栄えてはいなかった・・・」
「【エスター・コート】に軍施設が多くできるようになったのも、バレッドの野郎が司令官になってからなんだってな・・・」
アギィが誰かから聞いた言葉をそのままカイロに返す。
「此処、空気悪いね・・・早く・・・此処から立ち去りたい・・・」
ジャムが鼻と口を押さえて呟いた。
双翼族は基本的に自然と共存して成長する種族だった。
自然の枯れたところ、自然のないところでは、体が蝕まれ、早く死んでしまうという説も流れている。
そこまで飛躍はしないものの、ジャムの体調は最悪の状態だった。
カイロもアギィも、その辺は理解していた。
しかし、自然を蝕んでいるこの原子力という力を、2人はどうすることもできなかった。
ただひたすら東の港へ向けて歩く。それしか方法はなかった。
明け方まで歩いて、漸く西島を半分まで来た。
昼間は動けない。
なぜなら、昼は発電所や炭鉱、油田がフルに活動しているからだ。
その間の自然を蝕む速度は尋常じゃないくらい速い。
ジャムを歩かせたら、半分も行かないうちに朽ち果ててしまう。
それほど、この島は自然協和主体の種族には生きにくい島なのだ。
せめて、昼のうちに岩陰などで体を休ませて、夜に動く方がジャムにとっては楽なのだ。

また、夜半過ぎに海岸線を歩き出す。
何処へ行ってもネオン・ネオン・ネオン。
「具合が悪い・・・」
ジャムは歩いても歩いても変わらない風景にげっそりしていた。
昨日の半分も行かなかった。
ジャムの体は、カイロやアギィの想像以上に蝕まれていた。
翌日、ジャムはとうとう動けなくなってしまった。
ジャムの体は火のように熱くなっており、肩で呼吸しなければ酸素もろくに体内に入り込んでこないのだろう。
「このまま、此処にいてもジャム君が悪くなる一方ですね。」
「俺がジャムを背負う。早くこの島から出るために昼間も動くぞ。」
「・・・しかし、この蒸気は僕たちの体にもよくない・・・やっぱり夜を狙って行動したほうがいい・・・」
カイロの慎重さを重視する意見と、アギィの即効性を重視する意見とで対立した。
岩陰で長い時間論議していた。
しかし、意見が一致することはなかった。
アギィはジャムを背負い、岩陰を飛び出した。
「アギィ!」
「お前が行かないなら、俺がジャムを連れて行く!」
「待って!アギィ!」
アギィは夕日の沈む海岸線を早足で歩いた。
背中に背負っている麻のマントで覆われている少年の体がだんだん熱くなっていくのが背中を通じて感じられる。
異常なまでの熱気。
原子力から放出される『熱』なのだろうか・・・コンクリの海岸線は摂氏50度を超えているのではないかと思うくらい熱気が伝わってくる。
コンクリから立ち上る陽炎に、アギィは目を何度もくらまされた。
「やばい・・・」
もう日が沈むというのに、熱気は冷めることなく立ち上り続けている。
アギィはいよいよ眩暈がしてきた。
かすんでいく目の前の風景。
一回瞬きする。
目の前に黒いマントを羽織った少年が立っている。
もう一度瞬きする。
黒い影は消えない。
「・・・っSonne・・・」
アギィは奥歯を噛み締めた。
その呟きが聞こえたのか、黒いマントの少年は口の端を上げて微笑んでいた。
『工場を止めてあげたから。明日の朝までに西島を出ないと背中の黒い翼の少年は死ぬから。』
耳に真っ直ぐ、風のように響き届いた少年の言葉。
「・・・」
唖然として目の前を見つめる。
また、一回瞬きをする。
すると、目の前の黒いマントの少年は消えていた。
同時に、工場の電気が一切消灯された。
街のネオンも消灯された。
夕闇が訪れた。
熱気の混じっていない風が、アギィの頬を撫でた。

単純なアギィでも、この一夜で、自然が還ってきたと実感した。

「アギィ・・・」
声に振り向く。
灰色の青年が立ち尽くしている。
「・・・Sonneが・・・」
カイロが頷いた。
「急ぎましょう。魔のカウントダウンは始まっています。」

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