黒い翼の少年よ、
これから、お前が帯びる使命はとても重く、大切なことなのよ。
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20日以上経っても、ジャーナリスト達からの情報は全く入ってこない。
「あと、10日ですね。」
裏路地の小汚い宝石店で曇ったショーケースを眺めながらカイロが呟いた。
「焦るな。任務は必ず期限内に完了させる。それがジャーナリストだ。」
カウンターの向こうで、宝石の図鑑を片手に、腰の90度曲がったモン婆さんが鼻よりも小さいめがねを上げて呟く。
「その腕を買ってますよ。」
「ふん、狐が・・・」
狐と狸が化かしあっているなか、アギィとジャムはアザミと一緒に買い物をしに露店が立ち並ぶメインストリートを歩いていた。
「コレがサウザリアン【南島】名産の木の実。すっぱいんだけど、後から甘味がぐぅ〜っときてジュースにすると最高なの。で、こっちがエスター・コート【東港】の特産物。ただの葉っぱなんだけど、乾燥させて煎ると緑色の綺麗な色のエキスが出てきて、いい匂いがするのよ。」
露店の品々を、アザミは丁寧に説明してくれる。
マントの間から、ジャムは説明してくれる品々を手にとって見つめる。
「これが、半猫族名産のまたたび。香辛料としてはありかもだけど、私はあんまし好きじゃないな。」
「お前の評価なんか当てにならないな。」
「兄貴の味覚には勝てると思うけど!」
と時々アギィが茶々を入れて兄弟げんかが勃発するけど、ジャムは久々に思い切り笑っていた。
「おい、貴様!どこ見て歩いてるんだよ!」
突然メインストリートのど真ん中で、ガタイのいい坊主頭の男が、自分よりも1/4ほどしかない黒マントの少年を吊るし上げていた。
それを同じようなガタイの男達が2・3人で囲んでいる。
「うわぁ・・・あいつらストリートの奴等だよ。」
アザミが苦い顔をした。
「ストリート?」
ジャムが聞き返す。
「身寄りのない子どもが路上で育って、ああなったのを“ストリート”っていうの。」
「猫みたいなもんだ。強いものが縄張りを広げて掌握する。その周辺を歩くにはストリートの許可が必要になる。メインストリートの場合は、ボスを中心に2〜3人が囲っているように歩いているから、俺らパンピーな連中は囲っている奴等の周りをよけて通らないとならない。もし、その囲っている中に入っちゃったら、ああなる。」
「理不尽だね。」
「仕方ないわよ。さ、私達も行きましょ。見世物じゃないから長く見てると狙われるわ。」
アザミに背中を押され、ジャムは“ストリート”を一瞥して露店に目を移した。
「ドカっ、バサッ、ボンッ」
明らかに殴られたような物音がする。
黒マントの少年はきっとボコボコだろう。
「きゃーーーーーーー!」
女性の悲鳴がメインストリートに響き渡る。
ジャムは声の方を振り返った。
血が雨のように飛び散っている。
やられたのは黒マントの少年ではない。
血の主は、彼を囲っていた“ストリート”だ。
黒マントから顔が微妙に見える。
口の端が上がっている。鋭利な口唇から真っ赤な舌が伸びて、真っ白い顔に付いた血を舐めている。
「・・・Sonneだ・・・」
露店を出していた商人の一人がそう呟いた。
アギィとジャムの顔色が変わる。
「あれが・・・」
“Sonne”神に近き存在を指す。
そして、双翼族殲滅に深く関わった者。ルチア=ローウェイの子孫。軍総指揮官・バレッド=オスカーの保護する双翼族の裏切り者・・・
黒マントの少年の周りから人々が一気に引いていく。
「兄貴、ジャム君、行こう!殺される!」
アギィもジャムもその場から動けなかった。
ジャムは、血を舐めるその真っ赤な口唇を食い入るように見つめていた。
ふと、この雑踏の中で、ジャムは目の前の黒マントの少年と眼が合った気がした。
その瞬間口唇がゆっくり動いた。
『あ・い・あ・あ・っ・あ』
背中のもげたはずの右翼が疼き、ジャムはその場に蹲った。
ジャムはその口唇の動きを読んだ。
『あ・い・た・か・っ・た』
黒マントの少年は手にしていた肉片を空高く放り投げて、ジャムに背を向け歩いていった。
「兄貴っ!兄貴っ!」
「・・・っそっ!」
アギィはその場に崩れ、地面を叩きつけていた。
ジャムは呆然と雑踏に消えてしまった黒マントの“Sonne”を見つめていた。
あれは、僕を見ていた。
僕に投げかけられた言葉だった。
“Sonne”は僕が“ジャム=ローウェイ”だと気づいた。此れだけの民衆と多様な種族のなかで、すぐに双翼族だと見抜いた。
ジャムは怖くなった。
そして、アザミとアギィに早く帰ろうと進言した。
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今日の一件をカイロに話した。
カイロは頭を抱えた。
「僕らはここで情報を得るまで動けない。だけど黒マントの少年が仮に“Sonne”で、ジャム君の存在を知ったのなら、早急に此処を出て行く必要がある・・・」
「カイロ、どうする。」
アギィの声は冷静だが、表情に冷静さは感じられない。
「情報を待とう。ジャム君はしばらくモン婆さんのところに隠れていてもらう。」
アギィとジャムはカイロの決断に大きく一度頷いた。
事態は一向に変わらなかった。
黒マントの少年はおろか、グランドクレスに軍の出入りは全くなかった。
ジャーナリストのリツとレイが帰ってきたのはそれから5日ほど経ってからだった。
薄汚い宝石店の二階に6人が集まった。
「リツ・レイ、ご苦労だったね。」
モン婆さんは若い二人の青年を労った。
「じゃあ、情報を買おうか。」
カイロが銀貨を詰めた袋を埃まみれたテーブルにドサっと置いた。テーブルからは埃が舞った。
しかし、三白眼のリツがメガネを上げると、銀貨の袋に手をかざし、待ったを掛けた。
「カイロさん、すみません。これはいりません。」
「リツ?」
モン婆さんがいぶかしげな顔でリツとレイを覗き込む。
「指定された期間では、カイロさんの望む情報は得ることが出来ませんでした。」
「どういうことかな?」
カイロは、相変わらず狐目で笑ったような表情をしている。しかし、言葉には棘があった。
「隠された歴史は確かに存在していました。しかし、何を隠しているのか、全く掴めませんでした。」
「双翼族のことは?」
金髪のおかっぱ青年がカイロの問いに答える。
「ルチア=ローウェイの件ですが、子孫を辿ることは成功しました。」
ジャムは跳ね上がるように顔を上げる。
「ルチア=ローウェイは確かに御巫として、独り身を通していましたが、実は内縁していたようなのです。」