黒い翼の少年

ACT.17

『バレッド=オスカー』
その男の経歴には、謎が多い。
どうやって軍の上層部にのし上がってこれたのか。
どうやって軍に入隊したのか。
それよりも何よりも、彼は一体どこからきたのか・・・
**
カイロの喉元に、魚の骨が引っかかったように、ある言葉が引っかかって取れない。
「ばれっど・・・」
「ま、とりあえず、その頃から軍上層部の情報が愕然と減ってきたんだ。その背景には軍が影ながらにジャーナリストの存在を知りつつある可能性がでてきたからってのもあるんだけど。」
レンジは吸い終わった葉巻を灰皿の上で潰した。
「よし、アグリくん、君の依頼をお受けしましょう。ただし、その情報料は安くないから覚えておいてね。」
レンジはウインクしてアギィの逃げ道を塞いで見せた。
アギィは「NO」も言えず、生唾を一回飲み込むと、一回、黙って頷いた。
「じゃ、アグリ君、1ヶ月くらいしたら一回来て下さい。ソレまでに何かしら情報が提供できるようにしておくから。」
その日、アギィはそのまま帰っていった。
しばらくして、レンジは依頼を受けて旅に出て行った。

一ヵ月後、レンジとの約束を守って、アギィはレンジの家を訪れた。
レンジは居なかった。
アギィの情報を調べに行ったまま、帰ってきてなかったのだ。
カイロは何度となくアギィを帰るように促した。
しかし、アギィは、
「俺はレンジさんとの約束を受けて来ているんだ。灰色のお前に追い返される理由はない!」
と言い始め、家に居座り始めた。
レンジは基本的に情報依頼者の情報は解決していなくても期限内に持ち込んで提供している。
今回、アギィの依頼期限をすっぽかしたのは、レンジらしからぬ行動だった。

レンジが帰ってきたのは、アギィとの約束の半年も先のことだった。
「いやぁ、ごめんね、アグリ君。カイロもお留守番ありがとうね。半年もうっかり軍の留置所に服役されちゃったよ。」
笑って話せる内容ではなかった。
唖然としてしまった少年2人を目の前に、レンジは仕事道具を全部持ってかれてしまったこと、依頼の達成ができなかったことを冗談交じりで話した。
その間に、レンジはペンで分厚いメモ帳になにやら書き込みながら話をしていた。
その書き込みをカイロは覗き見た。
その言葉は、カイロの頭を衝撃的にぶち抜いた。
『軍に、ジャーナリストの存在がばれた。
しばらく俺に軍の尾行が付いている。
向こうは気づかれないようにやっているつもりだから、お前達にも危険が及ぶかもしれない。
しばらく2人ともこの部屋を出ない方がいい。
ちなみに、このメモは読んだらすぐに破棄する。
読み終わったら立ち上がり、テーブルの二回、指で叩いてくれ。』
カイロが読み終わる少し前に、アギィがテーブルを二回叩いた。
続いてカイロが叩く。
すると、レンジが立ち上がり、今さっき書いたメモを繊維ほど細かくちぎり捨てた。
レンジの顔には笑顔が浮かんでいた。

以後、しばらく、レンジはジャーナリストの依頼を断り続けた。
カイロとアギィはレンジの家に缶詰状態になった。
その間に、カイロとアギィはお互いの事情を話せるようになった。
レンジもアギィも裏表のないまっすぐで正直な人たちであった。
お陰でカイロも塞いでいた心を徐々に話せるようになってきた。
カイロの記憶ではない、過去の“カイロウ”という者の記憶もレンジやアギィに話せるようになった。
カイロが話すシビアな話に、レンジやアギィは、
「鬼族って赤鬼とか青鬼とかいたの?」
「“芽衣子”って娘は別嬪だったか?」
「“芽衣子”の3サイズとか覚えてないのか?」
など、くだらない質問ばかりしてくる。そのたびにカイロは腹を抱えて笑った。
レンジとアギィで何故か『芽衣子に好かれるタイプはどっちか』という争いを始めたときは抱腹ものだった。

レンジという男に抜かりなどなかった。
「郵便です。」
軍の尾行を受けて早くも1年半ちかく経っていた。
そんなある日、レンジの家に郵便やさんがやってきた。
【サウザリアン】は基本的にポストが各家にあり、宅配便という職種の者が手紙・小包などをポストに入れていく仕組みを取っている。
そのため、家を直に訪ねてくる宅配屋はいないはずだ。
「あいよー。」
しかし、レンジはソレをすぐ受付、郵便物を受け取った。
鼻歌交じりにその郵便物をあけ、一読すると、カイロたちの方を向き、
「軍の尾行が解けたらしい。同業者からの“報告”が来た。」
と告げた。
その日から、レンジは依頼の取材を再開した。
そして、それを見送ったのが、カイロにとって実質最後のレンジの姿になった。

レンジが旅立って、半月ほど経ったある日のこと。
いつかのように、玄関のチャイムがけたたましく鳴った。
カイロは2つ返事で玄関の戸を開けると、そこには厳かな顔をした雑誌編集会社の社長が立っていた。
「あ、社長さん、すみませんまだ仕事終わっていなくて・・・でも納期まだですよね?」
そういうと、社長はうつむき、目頭を押さえた。
そして、
「シーモスト氏が、【ノース・アイランド】で死体で見つかったそうだ。」
と告げた。
カイロの中の何かが一瞬で崩れ落ちた。

**
いつか、レンジに軍の撤退を知らせてくれた郵便屋が、カイロの元を尋ねてきたのが、社長からレンジの死の知らせを聞いて数分経たぬうちだった。
「郵便です。」
放心状態だったカイロは黙ってソレを受け取った。
郵便屋は何も言わず、カイロに渡すものを渡して帰っていった。
郵便を開けたのは、来訪してきたアギィだった。
アギィは実質そのときにレンジの死を知った。
「カイロ、俺は【エスター・コート】へ行ってくる。」
アギィが突然、そう口走った。
アギィは郵便をカイロに渡すと、急ぎ足でレンジの家を出て行った。
カイロはゆっくりアギィの開けた郵便を読んだ。

『カイロ=サイカ様
アグリ=ヴォルト様
ご依頼ありがとうございました。
依頼を受けまして、レンジ=シーモストは全力で取材しておりました。
サイカ様のご依頼ですが、依頼の5割しか提供できそうもありません。
ヴォルト様のご依頼ですが、依頼の9割を提供できそうです。
しかし、それをレンジ=シーモスト本人から提供することはできそうもありません。
これは、レンジ=シーモストの極秘郵便でお届けできていると思います。
ご一読されましたら、すぐにこれを破棄し、すぐにその場から立ち去ることをお勧めします。
サイカ様、ヴォルト様両者の依頼情報の提供は、【エスター・コート】灯ノ島にいる私、ヨウイチ=カシマが全面協力のもと開示したいと思います。
私の居所は、サイカ様がご存知です。
両者揃ってお越し下さい。
【ノース・アイランド】にて、没した友・レンジ=シーモストの意思を受けて・・・
ヨウイチ=カシマ』

**
【ヒマネス】の港で見つけたアギィは、何故か【エスター・コート】への馬車券の列に並んでいた。
その列のアギィに向かって、カイロは石を投げた。
「なんだよ!」
アギィが石を投げた主を探して辺りを見回す。もちろんカイロの顔を見つけてガンつける。
「東の国に行くなら船を使った方が早いよ。」
そういうと、アギィは黙って列から離れようとしない。
「僕は船を使うよ。」
「俺は陸を行く!」
「陸伝いでも、小船とか使わなきゃ灯ノ島にはいけないよ?時間掛かるし・・・」
「じゃあ、てめぇは一人で行きやがれ!」
「そうしたいけど、残念なことにヨウイチの希望は『両者揃って』の来訪なもんで。」
チッとアギィは舌打ちをした。しかし、それでもアギィは列から外れなかった。
『港をご利用なさるお客様に申し上げます!』
そんな時だった。
『軍本部より、【エスター・コート】、【ミドルキャスト】への海路及び陸路を一時封鎖の報告が入りました。お急ぎのお客様には大変申し訳ありませんが、運路復旧までしばらくお待ち下さい。』
最悪の情報が2人の耳に飛び込んできた。
ジャーナリスト・レンジ=シーモストの死は、軍を本格的に動かしてしまった。
当然、レンジの元に居たカイロとアギィは、自分達が置かれた状況が最悪なことをすぐ察した。
軍は、レンジの元に居た自分達を探し出すはずだ。
此処にいたらまずい。
「アグリ、西へ行こう!」
カイロはアギィの手を引き、西へ向かった。
そこから2人の旅が始まった。
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