黒い翼の少年

ACT.16

10年一緒にいたけど、仮面を被った人たちに哀悼の意など示せない。

それよりも3年しか一緒に居られなかったけど、心を開けた彼の死の方が、僕にとっては深く悲しい。

***
「俺、アグリヴォルトって言います。」
来訪した少年は、レンジが帰ってきたらまた来るといい、その日は帰っていった。
帰り際に少年は名乗っていった。

10日後、レンジが帰ってきた。
カイロは雑誌の仕事が終了したこと、そしてアグリヴォルトのことを伝えた。
「で、部屋に上げたのか?」
葉巻を口に、今回の調査書を見ながらレンジはカイロに話しかけた。
「うん・・・ちょっと金のことで・・・」
「金?」
「いや、なんでもない。」
「金っていえば、お前の両親、ヨウイチにえらい借金してたみたいだな。」
「ふーん・・・」
「ま、ヨウイチも人がいいからあえて取り立てはしなかったみたいだけどな。」
「僕のことについての依頼料でしょ?隠し事してるのは小さいころから知ってたよ。もし僕が神族か鬼族だったら、軍人とかに売り飛ばして大金頂こうっていう魂胆だったんでしょ。」
カイロはテーブルにコーヒーを作っておいた。
コーヒーの香ばしい香りが部屋に充満する。
「お前の両親の心根は知らないけど、とりあえず【エスター・コート】に行ってきたが・・・。」
レンジは調査書をテーブルに置き、一息ついた。
カイロも息を呑んでレンジの言葉を待った。
「灯ノ島の女性は別嬪だった・・・」
カイロは届きたての雑誌を丸めてレンジの後頭部をめがけて殴った。
「ま、冗談ではないが。」
「本気なのかよ!」
「とりあえず、【エスター・コート】の神族伝説はあながち間違えではないな。
カイロが、5歳より前の記憶がなくて、その代わりに別の人格の記憶が残っている・・・
これは、ただ単に記憶障害で5歳前の記憶を無くして、前世の記憶が蘇っていると考えるほど単純なものではないと俺は思う。」
さらにレンジはコーヒーを飲み干して、話を続けた。
「俺が推測するのは、ほぼヨウイチ=カシマと同じだ。お前は神族の末裔、もしくは、神が消えたそのときに消えたという伝説上の青年、そのものではないかと思う。しかし、確証を得るにはやはり神の国に行かねばならない・・・」
調査書を再び片手にしたレンジは、口の端を上げて、カイロを覗き見た。
「面白いことを教えてやろうか?」
「何?」
「伝説で消えた神族の青年、名前がわかった。その名前を“カイロウ”というらしい。」
自分と近しい名前。
これは偶然なのだろうか?

**
また、けたたましく玄関のチャイムが鳴り響いた。
レンジは眠い眼をこすって玄関のドアを開けた。
自分よりは小さいが、カイロよりは大きい、赤黒いぼさぼさの髪に、紫の瞳を持っている。肌は日に焼けて黒光りしている。
だがレンジの目を奪ったのは、金のピアスをしている耳の先が尖っていたことだった。
「・・・アグリ?」
「レンジさんですか?」
すでに変声期を終えた低い声。年のころカイロと同じくらいだろう。
「はじめまして。君、俺のいない間に来てくれたって言う少年だね?」
「はい、変な灰色に『10日後に帰ってくる』と聞いたので。」
「変な灰色で悪かったね。」
自分とレンジで対する態度が全く違ったことに、カイロはむっとした。
「依頼で来たとか?」
「はい。ジャーナリストって、公に出来ないような秘密情報を提供してくれる組織なんですよね?」
「ええ。ということは、あなたは誰かの紹介で此処に?」
「はい、【グランド・クレス】のデヴィ=モントからの紹介で。」
アグリヴォルトの発した人の名に、レンジの目が変わった。
「モン婆さんの知り合いですか?それは無碍にはできませんな。話を聞きましょう。」

モン婆さんは通称で、本名を【デヴィ=モント】という。しかし、それはジャーナリスト間で依頼を紹介者に教えるときにだけ使う。
「モン婆さんの紹介で・・・」ということは、実際モン婆さんに紹介されていないことを示してしまう。
ジャーナリストは基本的に隠密組織であり、一般人が知るはずのない存在である。
ジャーナリストへの依頼は、他のジャーナリストの紹介がなければ、することはできない。
それには、カイロのように手紙形式で依頼をお願いする方法や、アギィのようにある特殊なジャーナリスト特有の暗号を依頼者に言わせることで依頼をお願いする方法といくつかあり、ジャーナリストごとにそれは異なっている。

「俺は、魔族です。」
ダイニングに通され椅子に促されたアギィは、レンジとカイロを目の前に口を開いた。
「人間はベンキョウするから知ってると思うんですけど、俺は魔族と言ってもすでに滅ぼされた“朱の魔族”という種族なんです。」
「ああ、知っていますよ。確か此処・【ヒマネス】の更に南方にある今は無人島ですか?【アケマジマ】という小島でひっそり暮らしていたっていう種族ですよね?10数年前に集団自殺で一族滅亡してしまったという・・・」
「・・・」
レンジの言い回しにカチンときたのか、アギィは黙ってしまった。
レンジは口の端を上げた。
「あなたは幼いながらに海を渡り、現存する魔族“紫魔族”を頼って生き延びたってところでしょうか?ま、モン婆さんのところから来たのだから更に訳ありな感じで、軍や公には出てこられない。」
レンジは葉巻を加え、火をつけた。そして、
「依頼は、“朱の魔族”を滅亡に追いやったのは誰か、ってことですかね?」
「ちがう!」
アギィが紫の瞳に憎しみで溢れた力を滾らせて叫んだ。
「仲間を滅亡に追いやった奴は知っている!軍の最高司令官バレッド=オスカーだ!それに、一族の仇を討とうなんて思っていない!勝手に死んでいったのは仲間なんだ。そんな奴等のために俺は戦わない!ただ、バレッドには悔いてもらいたいんだ!自分のやっていることの無慈悲なこと、残酷なこと、同じ目に自分もあったらいいんだ!」
「・・・ばれっど・・・」
カイロは呟いた。なぜか、過去の記憶の中にその名前があった気がするのだ。
「レンジさんへの依頼なんだけど、これはモン婆にもお手上げの依頼らしい。」
「ほう?」
レンジは相変わらずニマニマしている。
「バレッド=オスカーについて調べて欲しいんだ。」
「あはははは」
レンジが突然笑い出した。
「これはいい!実にいい依頼だ!」
しばらく大爆笑した後、レンジがふっと黙って真顔で言った。
「今、こいつ、カイロ=サイカの依頼を受けている。だが、こいつの依頼も手詰まりなんだ。理由は1つ。軍上層部のデータが少ないからだ。」
**
この世界は軍事国家だ。
軍人の権力というものは世界の末端まで及んでいる。
逆らえば、見せしめがあり、処罰される。
それも尋常な処罰のされ方じゃない。
それこそ処罰に当たった軍人のそれぞれだが、人道に外れたような奴に狙われたら磔・野ざらしじゃすまない。
同じ人間だって一族の末端まで火炙りにするくらいの奴だっている。
それを統括する軍上層部。
その実態には謎が多い。
現在の大将軍は不在。10数年前に退陣してからは公には一切出てこない。
老齢の大将軍で、名を『レバストリア2世』といった。
余談だが、レバストリア2世の父親はその2代前の大将軍だった。
この世界は実質、大将軍という立場が法の統括・国の統括を担う。
各国に国王・首領それぞれいる。しかし、それよりも上に立ち全てを統べる者が大将軍と呼ぶべき存在だ。
現在それは不在で、だれがその代わりを担っているのか。
大将軍の下には大臣・総督・司令官という役職に別れている。
大臣は、大将軍の補佐にあたり、実質、権威的には2位の立場にいる。法的な管理はその立場の者が一切を担っている。
総督も、大将軍の補佐にあるが、大臣とは違い、軍の統括を行い、軍を動かす立場にいる。
司令官は、総督の補佐としているが、実質的には総督と同等の地位にいる。なぜならば、総督の動かす軍の中にいて、共に動き、常に現場にいる。世界の情勢をいち早く知り、動くことができるのも司令官だからこそ出来ることだ。
現在、大将軍の代わりを担っているのは順番的には大臣なのだが、権力が軍事に傾いてきている昨今、大臣よりも総督の力が絶大的になってきているという。
現在の総督は『ハンス=レバストリア』という者で、前大将軍レバストリア2世の甥の子供にあたるという。
もはや、世界は『レバストリア』家の世襲で動いているといっても過言ではない。
しかし、このまま『レバストリア』の権力が強くなっていけば、レバストリア家に生まれればバカでも世界のトップになれてしまう。
それを利用しない輩は、世界探して指折り数えるくらいだろう。
もとより、すでにその現象は出来上がっているように思える。
『朱の魔族』殲滅。
この【サウザリアン】より南方の地元人でなければ名前も知らない小島に、ひっそり暮らす、私利私欲を捨てた大人しい魔族が、なぜ狙われて消されなければならなかったのか・・・
【サウザリアン】の者でさえ、あの小島に人が住んでいたなんて、事件でも起こらなければ知らなかったのに、中央の国【ミドル・キャスト】で私利私欲にまみれた大富豪がどうして知ることができようか?
それこそ、現場に出て、周り回っている人物の垂れ込みでもなければ上層部など知る由もない。
上層部が信じ、現場に出られる役職=司令官。

朱の魔族が殲滅され、灰色の少年が浦島に突如現れた10数年前、新しい司令官が任命された。
彗星の如く現れ、軍上層部を揺るがすほどの戦力・知力を思うがままに操る青年。
その名を。『バレッド=オスカー』といった。
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