黒い翼の少年

ACT.9

君と僕は全く違う。

 

同じものを持って、同じ存在なんだけど、

 

全く違うんだ。

 

だから、僕は君が愛しくて堪らないし、

 

憎くて憎くてしょうがない。

 

 

***

カイロに連れられてやってきた、ウエストランドル最大の街・グランドクレスの宝石店。

狭くて汚い路地の奥に佇む、その薄汚い外壁の宝石店には、モン婆さんという老婆と、謎の若者・リツとレイが居た。

彼等は、表向きはしがない宝石商人を営む。

彼等の本職は、訳有の連中に情報を与える、ジャーナリストでもある。

そして、彼等のうちの三白眼でくるくる巻き髪の男・リツが与えた情報。

それが、

「ニンゲンに双翼族の存在を密告する」

という、双翼族のジャムを裏切った人がいたという情報だった。

ジャムは、疼く右目を押さえ、その場に崩れ落ちた。

 

双翼族の中にいた裏切り者。

その名は“Sonne―ゾンネ―”

そして、ジャムと同じく、ジャムが敬愛する大御巫・ルチア=ローウェイの子孫と名乗っている。

 

床に蹲るジャムの肩を、カイロがやさしくポンポンと叩く。

「ジャム君はその名に聞き覚えは?」

耳元でやさしい声が響く。

ジャムは首を横に振った。

「今のところ掴んだ情報では、“Sonne”は通称です。軍の内側では“Sonne”に逆らうと血の雨が降るといわれるほど恐怖の対象になっている。」

情報提供者・リツは分厚い紙切れを黒い紐で束ねているだけのメモ帳をペラペラめくりながら淡々と喋る。

「その“Sonne”とやらを軍の総指揮官・バレッド=オスカーが保護している…」

その言葉の後にカイロはジャムに向き直った。そして「さて・・・」と続けた。

「ジャム君、今回の双翼族の事件と僕らの旅は深く関連している。これ以上バレッドの好き勝手をさせないために僕らに協力してくれるかい?」

「・・・僕の仲間を殺した奴が、カイロたちの敵なら協力する・・・僕も僕の力のせいで犠牲が出るなら、僕自身の手で始末したい。」

ジャムは両拳を握って答えた。カイロはその言葉にもともと細い目を更に細めて一度力強く頷いた。

アギィも薄暗い部屋の壁にもたれながら、口の端を挙げている。

「なんだい、このお尋ね者はお前等の旅が何なのか知らないでついて来たってのかい?恐ろしいね。」

腰の90度に曲がった老婆は肩を竦めた。

「ほんじゃ、依頼は1つだね。200年戦争と異種族殲滅戦の隠された事実を突き止めること。」

カイロはモン婆の方を向き、「頼みますよ。」と相変わらず「NO」と言わせない威圧的な言葉を投げかけた。

モン婆と若者2人は苦笑いを浮かべ、「Yes,Sir.」と呟いた。

 

**

3人は薄汚れた宝石店を出た。

ドアのカウベルは出るときもガランガランと重々しく鈍い音を発した。

「この近くに隠れ宿があるんだ。しばらく其処に滞在しよう。」

カイロはジャムにそう言って先頭を歩いた。

 

隠れ宿は宝石店の脇の細道を一本それた先にある更に細い道沿いの看板の傾いたバーだった。

「いらっしゃ・・・ってカイロじゃない。生きてたの。」

薄汚れたバーカウンターの向こうにブラウンの髪を一つに束ね、色黒の肌をした女性が、タンクトップに裾の敗れた短パンという刺激的な格好をした女性がグラスを白い布巾で拭いていた。

その女性のなかで普通の人間と違うのは黒い肌をした耳が、アギィのように尖っているということだ。

「よぉ、アザミ。相変わらず汚ねぇ店構えに似合った汚ねぇ面じゃねえか。」

アギィがカイロの後ろからひょいと姿を見せ、そう言うと女性の前のカウンターに腰掛けた。

その瞬間、ガッシャーンというスゴイ音と共に、アギィが横に倒れた。

「っせー、馬鹿兄!ウォッカ頭からぶっ掛けたろうか!」

女性はどうやらウィスキーの瓶でアギィの頭をバットを振るかのように殴ったようだ。

「ったく、暴力的なところも変わらねぇな。」

殴られた側頭部を押さえながら、アギィが起き上がった。

「アザミ、久しぶり。また泊めてもらえる?」

カイロはそんなアギィを尻目にカウンターに座り、色黒い女性を前に得意の甘い(?)笑顔で宿泊の交渉をし始めた。

「宿代、高くつけるから・・・ってそこの怪しいマントさんは・・・カイロたちの連れ?」

入り口に立ち尽くしていたボロマントのジャムは、突然話題を振られて慌てた。女性はいぶかしんでいる様子だ。

「そう。最近僕らの旅をお手伝いしてくれる子。ジャム君っていうんだ。」

「こ・・・こんにちは。」

ジャムは深々と頭を下げた。

「そう、旅は順調な感じなのね。」

ジャムを見ながら、女性は安心したように柔らかい笑みを浮かべた。女性の瞳はどの金貨にも敵わない至極の黄金色をしていた。

「馬鹿兄も弟ができたみたいで、楽しいな。」

いつの間にかアギィがカイロの横に座っていた。肩肘ついて、納得いかないような表情で

「これは遠足じゃねぇんだよ。」

などとぶつぶつ言っている。

「アギィ、妹いたんだね。」

女性を先頭に、3人はバーの奥の細い廊下・階段を抜けてバーフロアよりも少し狭い感じのダイニングに通された。ビニール生地の黒いソファーにアギィは我ものと言わんばかりにドッカと座る。

ジャムの問いにはカイロが答えた。

「アギィの一族も滅ぼされたって言ったことあるよね?」

レッド・ポートの宿屋で聴いた話だ。

「アギィはあの後、モン婆が現役で率いていたジャーナリストの一人に助けられて、もう一つの魔族“紫魔族(しのまぞく)”の集落の中で育ったんだって。」

それをアザミが続ける。

「兄貴は私のうちで育ったの。小さい頃は“朱の魔族”ってだけで気持ち悪いし、怖いから大嫌いだったの。みんな嫌いだったのよね。だけど、私が人間と共立のジュニアスクール通い出した時、私、人間達に苛められたの。集落まで押しかけてきて嫌がらせされて・・・でも、紫魔族は人間の狗って呼ばれてたくらい絶対服従の種族だったから、私が何されようが見て見ぬフリをされた。でも兄貴は私を守って人間の同級生と戦ってくれた。ま、おかげで私も兄貴もそこではもう住めなくなっちゃったわけだけど。私の父の情報で、兄貴を助けてくれたジャーナリストってのを探してこっちに移り住んできたのよ。」

「じゃあ、ここがアギィのうちなんだ。」

「私達が住んだのはモン婆さんの宝石店。もとより、兄貴は私を此処に置いて自分は勝手に復讐の旅に出ちゃったんだけどね。此処は私の旦那の家。」

「旦那さんがいるんですか。」

ジャムはダイニングをぐるりと見回す。

整然とした薄暗いダイニングには結婚して幸せな家庭を現すものが何一つない。

「ま、ジャーナリストの仕事中に戦渦に巻き込まれて形を失ったただの肉片が帰ってきたけどね。」

アザミの静かな呟きの後、しばらく沈黙が流れた。

その沈黙の中で、アザミはテーブルにコップを並べ、水を注いだ。

カチャカチャという食器の擦れる音がダイニングに響いていた。


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