黒い翼の少年

ACT.8

 

――おい、あれは誰だ?

――バカ、指なんか指すな!あの方が噂の…

――おいおい、まだ餓鬼じゃねーか…

――あまり見るなよ。殺されるぞ…

 

なんてったって、『Sonne(神に近き存在)』なんだから…

 

**

 

3人は連なる山々を黙々と歩いていた。

時折、気を使ってくれるかのように、カイロが冗談を仄めかすが、アギィもジャムも一瞥するだけでそれ以外の反応はしない。

太陽が、木々の合間を縫って陽を落とす。その陽は翼を隠すためのマントを羽織るジャムにとって、沸騰した鍋から沸く湯気を全身で受けているような暑さに感じる。

「くはぁ…」

ジャムは思わず、息を大きく吐いた。何処かで発散しないと、ジャムの身体は熱で茹だってしまいそうだった。

「…脱げよ。」

後ろから見ていたアギィが軽く背中を小突く。

「…嫌だ。」

「…強情な奴…俺等以外誰もいないだろう。」

「…ヤダよ。」

「…見てるこっちが耐えられないんだよ!」

「…見なきゃいいだろ。」

そんなジャムとアギィのやり取りに、思わずカイロの足が止まる。

「君たちの会話さぁ、倦怠期のカップルみたいだよ〜。」

と振り向き様に笑いながら言う。

「「死んでこい!」」

「こういう時のツッコミは気が合うんだからね。」

カイロはそういうと、「やれやれ」と言わんばかりに肩を軽く上げ、息を零し、足を先に進めた。

 

3人は更に山を越えた。小高い丘の上に来て、ジャムは外の世界の大きさを見た。

「ジャム君、ここからこの国がほぼ一望できるよ。此処は『ウエスト・ランドル』目の前の山脈が霊峰・ウェスト連峰で、その向こうに『レッド・ポート』や『クレス・ルギア』があるんだ。で、反対側、其処が今から行くところ、『大都市・グランドクレス』だよ。」

ジャムの目の前に、周囲を厚い壁に覆われた壮大な街並みが広がっていた。

 

『グランドクレス;西の大拠点と言われる都。大きさは、世界のバックボーンと言われる『ミドル・キャスト』と引けを取らない。西の大陸にある町・村にある全てを物資が一同に集まるため、別大陸からの商人が数多く集まる。いわば貿易の要所。』

 

「グランドクレスは軍じゃなくて、商人が統制する街なんだ。だからレッド・ポートに比べれば寛容だし、ジャム君もそれなりに気張らなくても歩けるとは思うよ。」

カイロは入国手続きに出ているアギィを待つ傍らで、ジャムに言った。

「入国手続きとか言って、僕、入れるのかな…」

「うん?大丈夫でしょ?ボクらの造る通行書は大体完璧だから。」

まさか偽造通行書で旅をしているとはジャムも思わなかった。

それほど、自分たちは一物ある連中なのだろう。

入国許可が降り、ジャムたちは町の中に入った。門をくぐると大きな一本道がずっと続き、その脇にテントを広げた露天が連なっている。

レッド・ポートなんかよりも比較にならないほどの賑やかな様に、ジャムの足は竦んでしまった。

色々な人がいる。

小柄で、耳の先が尖った種族、同じ翼でも透明で羽根が四つの翼を持った種族、犬やネコのような耳や尻尾を持つ種族も居る。

肌の色が黒い人もいる。黄色い人も居る。白い人も居る。

でも、自分と同じ鳥の翼を持つ人は居ない。

本当に、殲滅されてしまったのだろうか。

ただの一匹も、生き残りなんて居ないのだろうか。

ジャムは、頭から被るマントの首をきゅっと固く絞め、顔を隠した。

**

「ねえ、カイロ。」

露店が並ぶ大通りを歩きながら、ジャムは隣のカイロに声を掛けた。

狐目の男は呼ばれて声の主の方を向く。

「双翼族は殲滅されたけど、他の種族も僕らみたいにこれから殲滅されたりするのかな・・・」

「さぁね・・・人間さんはジャムの使う巫力が怖くて、双翼の種族がその力を使うのなら消したほうがいいと思って今回のことになってしまった。今後、此処を笑って歩いている異種族たちが双翼族に近しい力を手にして、人間に歯向かったら、もちろんその種族は消される。」

「ニンゲンは自分勝手なんだね。」

ジャムのしれっと吐かれた言葉に、カイロは苦笑いを浮かべる。

 

3人の着いた先は露店の大通りを大きく外れた狭い路地の寂れた宝石店だった。

ガラン

と低い音色のカウベルが鳴る。

薄暗い店内には、誇りまみれのショーケースが並んでいる。

ショーケースの中身も薄汚れた宝石ばかり並んでいる。

木のカウンターからもっそりとした体が起き上がる。

「いらっしゃい。」

しゃがれたソプラノの声。

起き上がった体躯は直角に曲がっており、丸々と肥えている。白髪で、鼻が大きく、目の周り、口元、頬は皮が垂れ下がっている。

3人の客人を細い目で凝らして見ると、

「なんだい、灰郎と悪魔じゃないかい。しかも、またお尋ね者を連れまわしていると見える。」

と、かわいらしいソプラノ声から一気に吐き捨てたアルト声に変わる。

「モン婆さんも相変わらずですね。毒だけは現役と見受けられます。」

カイロも負けじと棘のある言葉を並べる。

「なに、あちらも現役だよ。で、今回は何用だい?まさかそこのお尋ね者を匿えってことじゃないよね?」

老婆は意味ありげにしわくちゃの口でにやっと笑う。

「いえいえ、依頼ですよ。本職の…」

カイロも、にやりと口の端を上げて笑う。

「今となっちゃ私は依頼を受けるだけ。後の仕事は若いもんがやってくれる。」

老婆は木のカウンターに取り付けてあるドアを開け、3人を奥へ招き入れた。

薄暗いリビングダイニングを通り抜け、階段を上がる。

腰の曲がった老婆に急な階段は危なかった。何度もよろけて倒れてきそうになっていた。

階段の上は屋根裏だった。

暗い屋根裏にほんのり明かりが灯っているその奥には小さなテーブルと椅子が3人を待つように置いてあった。

そして、その先に2人と人影がぼんやり浮かんでいた。

「リツ、レイ、客だよ。」

老婆に呼ばれた2人の人影がこちらを向く。

リツは三白眼に縁のないめがねを掛けた男で、ぼさぼさの髪の毛は屋根裏の湿気を吸ってあちこちにはねてくるくると丸まっている。

レイはトロンとした垂れ目の男で、まっすぐに切られた前髪と肩までの後ろ髪は綺麗な黄金色をしている。

無表情の2人は揃って3人の客人を上から下まで、11人を嘗め回すように見ている。

「さて、灰郎、依頼とやらを聞こうか。」

老婆が話題を戻した。

しかし、カイロは、

「モン婆さんの後継者と言ってもどういった筋の者か判らないと話ができないですね。」

と依頼を頼んでおいて、ケチをつけて一向に話を進めようとしない。

「ふん、狐だね。リツとレイが信用できないってのかい。」

「全く信用していないわけではないよ。クオリティー的にもモン婆さんに引けを取らないくらいじゃないとそちらサンの命が危ないと思いまして。」

狐と狸の間に軽く火花が散っている。

「あたしだって過去は一端の職人さ。そのあたしが後継としてるんだよ?あたしより劣るわけないじゃないかい。」

「・・・おい、カイロ、とりあえず頼んでみろ。うかうかしてたら滞在期間が過ぎちまう。」

アギィが低い声でカイロを諭す。

カイロはふぅと深いため息をつき、二つ返事でアギィの進言を受け入れた。

「さてと、ジャム君、フード、取ってもいいよ。」

カイロはジャムに向かって言った。

ジャムはゆっくり羽織っていたフードコートを脱いだ。

「・・・これは・・・」

コートを脱いだ、ありのままのジャムの姿に老婆と後ろの2人の目は大きく見開いていた。

ジャムのありのままの姿・・・漆黒の翼、右翼をもがれ、右目を残酷にも潰された醜態そのものであった。

「彼を見て分かるように、彼は双翼族の生き残りです。」

老婆が息を呑んだ。

「それも、ただの双翼族じゃない。」

カイロは続ける。

「あの、ルチア=ローウェイの子孫だそうです。」

目の前に居る3人の人間の顔色が変わらないわけがない。

それほど、ルチアの名はニンゲン世界では恐怖の象徴なのだろう。

幼かった頃受けた御巫の修行では、ルチアのことをそんな風には教わらなかった。

彼女は神で、彼女は救いで、彼女は全ての象徴だった。

「・・・Sonne・・・」

三白眼のくるくる巻髪な男が呟いた。

その呟きにカイロはにやりと笑みを浮かべた。

「モン婆さん、依頼、いいですかね?」

カイロの言い回しには、「NO」という返事を許さないという意味合いが含まれていた。

老婆もそれを察知して、深く息を吐き、観念した風に頷いた。

「隠された歴史を暴いてください。具体的に言えば、子孫のないはずのルチア=ローウェイに子孫がいたこと、そしてその事実をなぜ今、軍が知ることとなって、双翼族の殲滅に再度乗り出したのか。」

「一つだけ、応えられることがあるよ。」

カイロの依頼に対し、口を開いたのはやはり三白眼の男・リツだった。

「双翼族殲滅の話題は世界各国を回った。僕もカイロさんと同じ疑問に至って調べました。軍が、殲滅したはずの双翼族の存在を確認し、集落を暴いたことには密告があったと思われます。」

ジャムは弾むように顔を上げた。

「その密告者は、カイロさんたちの敵・バレッド=オスカーに懐柔されて、今も彼の傍らにいます。その密告者の名は、軍内では“Sonne−ゾンネ−”神に近き存在という意味なんですが、そうよばれています。聞けば、その者は、其処のジャム・・・さんですか?あなたと同じく“ルチア=ローウェイ”の子孫を名乗っています。」

 


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