白い大きな猫が、こちらを物欲しげに見つめていた。
「あれは、腹が減って、獲物を欲しがっている目だ。」
同居人が呟いた。
同居人は猫が嫌いだった。
その白い猫はいつもうちにくる。
そのたびに同居人は苦々しい表情を浮かべて悪態をつくのだ。
でも、彼女は何もしない。何かしたくても、家から出られないから仕方がない。
仕方がないから、いつも高いところから、猫を見つけた大家が石を投げて追っ払う姿を眺めて同居人は一喜一憂している。
「いっそのこと殺してしまえばいいのに。」
同居人はことの顛末を見終わってから、必ずこう言う。
「あんたもそう思うだろ?」
私は、いつも曖昧に首を傾けて何も言わない。
すると、同居人は、
「あんただってあの猫が屋根まで上ってきたときは部屋で震えてただろ?もうこんな怖い思いはたくさんさ!!」
と大分昔の話を持ち出してくる。
幼い頃の思い出だ。私だって恥じている過去の話だ。
同居人と私は大きな集落の出身だった。
けど、集落に仲間が増えすぎて手が回らないということで、大家が私と同居人を引き取ってくれて、今に至る。
集落にも猫がいっぱいやって来ては、食料を漁って帰っていった。
脅かされて、殺された仲間もいた。
大家に引き取られてからは、猫と言う猫には出会わなかった。
むしろ、いつも来るあの大きな白い猫以外はこの家には寄り付いてこない。
それに、あの猫は、とても寂しい目をしているのだ。
だから私は、同居人の言うことにいつも曖昧な返事しかしない。
「ほら、餌だよっ!!」
大家は私たちを小さな小屋に住まわせた。
働きにも出させてもらえず、私と同居人はいつも家の中にいた。
食料には事欠くことはなかった。
大家は面倒見のいいおばさんだった。
掃除からご飯から何一つ面倒みてくれるのだ。
「いい人に拾われたものさ」
同居人は、へらへら笑いながら、粟や稗といった雑穀をつついた。
そんな大家だが、私は未だにこの大家に対して気を許せずにいた。
大家より、いつも来る猫の方が私にとって理解のできる生き物だと思う。
大家は、私たちを引き取って数日して、同居人の足を片方奪ったのだ。
同居人は、
「あれは大家のミスさ。だがそれは仕方のない、不慮の事故っていう奴だ。」
と大きな声で笑っていた。
何がしたくて、大家は部屋にビニール紐を吊るしたのかしれない。
同居人は、その意味不明なビニール紐に引っかかって骨折した。
どんなにいい病院行っても、薬を飲んでも、治らなかった。
気がつけば、同居人の右足は、なくなっていた。
大家は気の置けない人物。
私はそれ以来、大家の出してくるものを小さく拒むようになった。
大家が来る日は、決まって部屋に隠れた。
同居人が死んだ。
それは珍しく寒い、11月のことだった。
同居人は静かに息を引き取った。
私は、敢えて彼女の側には近寄らず、横たわる様を遠くで見ていた。
「…あんた、冷静だね。死人と同じ家に居て尋常なんて俺には出来ねぇ。」
イヒヒヒという汚い歯を見せて笑うのは、いつもの大きな白い猫だった。
「…もともと彼女は強くない。いつかはこうなると思っていたよ。」
私は、そっぽを向き、猫に答えた。
猫は相変わらずイヒイヒと笑っている。
「あいつ、俺が嫌いだった。」
「知っているよ。」
「大家は、俺が殺したって言うだろうな。」
「人間は罪をなすりつけるのが得意な生き物だから…」
脈絡のない会話が続く。しばらくして大家の家の奴が、訪ねてきた。
そいつは私の奥で静かに横たわる同居人を認めると、大家を呼びつけ、家から同居人の死体を運び出していった。
広い部屋には、私だけになった。
同居人の葬式は何時執り行われたかは知らない。
彼女の遺体もまた、私の知らないところに行ってしまった。
数日して、外で、またあの大きな白い猫がやってきた。
今度は、私の方など見もせず、しきりに庭の土を掘り返している。
「何しているの?」
私は問いかけてみた。
猫はもっそりと大きな身体をあげて、こちらを一瞥した。
全身真っ白な毛並みの癖に、口の周りと、足だけ妙に黒い。
猫はイヒッと白い歯を見せて笑い、
「食料を探しているのさ。」
と低い声で言った。
「でも、そこには何も埋まっていないよ。」
「あいつがどこかにいるはずだ。大家は代々、死んだ小鳥をこの庭の土に還してきたからな…」
その時、私の身体、全身が泡立った。
この白い猫が入り浸る訳…
この猫は、大家が殺してきた私の仲間たちの埋められた死体を食べるためにここにいるのだ…
彼は生きている私たちじゃない、死に至った私に興味があるのだ。
そして、いつもここにくる理由…
それは
いつ、私たちが死ぬかの確認…
そういえば大家は私たちをこう呼んだ。
チキン…
私は、部屋から飛び出し、家の…いや、鉄籠の扉をこじ開けて、外に出た。
私は精一杯翼を広げて飛び立った。
支配なんかされない。
弱者の一撃は
いつかきっと大打撃に繋がる。
そう信じて…
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