黒煙が目の前を塞いで、思うように前に進めない。
煙で視界を防ぎ、火薬で嗅覚を奪う。
卑劣で、汚い手段。
是がニンゲンのやり方。
足が縺れて、前にのめり込む。
でも、行かなくてはならない。
早くしないと…
早くしないと…
彼はきっと死んでしまう。
黒煙が、背中の真っ白い翼を煤で汚していく。
黒く、黒く…
これが“彼”の色だと思えば、汚れることなど厭わない。
ただ、前へ。
ひたすら前へ進む。
前が見えなくても、鼻が利かなくても、
助けられるのは自分しかいない。
愛するものも守れないで、何が“御巫”だ。
何のための“力”だ。
自分は、お飾りで“其処”に居るのではない。
救うのだろう?
世界とか、仲間とか、そういう大きなものではない。
世界や仲間を救うための力なんか詭弁でしかない。
真に救うべきものは、すぐ側に、目の前にあるではないか。
「リトォ――――――――!!!!」
暗闇の中で叫ぶ。
力の限り精一杯叫んだ声は、むなしくも視界を遮る黒煙に飲み込まれて消えた。
「お願い、リト…何処にいるの…」
眼から滴る涙は、体中から有る限り集められた水を全て流しきるほどの量だった。
声も、もう出ない。
「げほっ…ゲホゲホッ」
黒煙が吸う息と共に喉に入って思わず咳き込む。
その拍子に地面に倒れこんだ。
もう、お終いな気がしてきた。
“リト”が死ぬ。
ならば、“私”が先に行って出迎えるのも、いいかもしれない。
意識が遠のく。
虚ろな視界に影が映る。
“私”は呟いた。
「リト…」
と。
**
黒煙が目の前を塞いで、思うように前に進めない。
少年にとって、『此の』状況に出くわすのは初めてだ。
でも、『此れ』がどういう状況なのか知っている…
そして、大切な人を、此処で亡くすのだ…
「ヒラー?」
黒煙から人影が見える。
少年は、眼の中に入る煙に、大粒の涙を流しながら、人影に向かって歩を進める。
「ヒラー…待って…ヒラー…」
少年は黒煙の向こうに居る人影を追いながら呟く。
人影は動いていないはずなのに、どんどん去っていくような感覚がする。
「待って…待ってよ…」
顔を上げると、目の前に黒い影が伸びているのが見えた。
―――届いた。
そう、思っていた。
黒い影は、右目を突いた。
チクリと刺さるような感覚が全身を駆け抜けた。
そして、それは激しい痛みに変わった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
少年は思わず膝を付く。
右目に手を当てて蹲る。
「あぁ…ああああ…」
痛さのあまり嗚咽が漏れる。
生温い感覚が頬を伝っていくのが分かる。
が、痛さのあまりに何が起こっているのかわからない。
黒い影は背後に回る。
少年が背後に人が居るという感覚を感じ取った時には既に遅かった。
右の背に激痛が走った。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
少年はその場で倒れこみ、地面の上をのたうち回った。
方々の痛みと戦いながら、薄目を開け、影の居た方角を見る。
しかし、黒い影は既になく、その代わり、黒煙の合間から白い羽根のようなものが見え隠れしていた。
少年の意識は、其処で途絶えた。