長い長い行列が、今日も煮えたぎった鍋の中に入れられる。
昔から、ニンゲンに逆らうと『こう』なるのだと、大人たちから謂われていた。
だから、大人しく、誰も困らせることなく慎ましく生きてきたはずなのに…
或る日、大人は何かの線が切れてしまったのか、突然、子どもを連れて洞窟に入り、そこで炭を焚いた…
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カイロとアギィが宿屋に帰ると、ジャムは既に布団の中に居て、静かな寝息を立てていた。
「人騒がせな餓鬼め…」
アギィは一人毒気付く。
「浜辺の居酒屋の兄ちゃんが気付かなかったら、ジャム君はあのまま海に落ちて死んでたんだね。」
「死にたい奴には死なせとけ。」
「そんな言い方はよくありませんよ。彼は“巫力”の使い手だ…これからの…」
「俺は、命を軽く見る奴は大嫌いなんだよ!軍人とか、人を藁刈るみてーに切り裂きやがって…」
アギィは、カイロの言葉を途中で切り、拳を強くテーブルに打ち付けた。
テーブルに乗っているコップから水が零れる。
「自ら命棄てる奴だって同じだ…」
アギィは奥歯を強く噛み、嗚咽を漏らすような声で、呟いた。
「…ソレ…ジャム君に話してみたらどうかな…」
カイロが穏やかな声で囁く。
アギィは眼を動かしてカイロを見つめる。
「ジャム君とアギィは、似てると思うよ。生き方はそれぞれだけど、感じてきたものや体験とか…」
「…同じにすんなよ…」
アギィはこれ以上口を開いたら涙を零してしまいそうな声音で呟いた。
「ま、話す、話さないはアギィの自由ですが…。でも、このまま同じようなことが続くと、確実にジャム君の正体もバレて、ボクらの命も危うくなるけどね。」
カイロはいけしゃあしゃあと呟き、眼を細め、口の端を上げた。
アギィは『チッ』と大きく舌打ちをして、ゆっくり席を立ち、ジャムの寝る部屋に入っていった。
「起きてるか?」
ジャムの耳元で、アギィは囁く。
布団の中で、ジャムの体がもぞりと動く。
『聞こえている』と確信したアギィは、そのまま話を続けた。
「俺は、お前が何で死にたがっているのかわからねぇ…だってそうだろ?なんで命を簡単に棄てようって思えるんだ?カイロは、お前と俺が似てるとか抜かしやがる…けどな、俺は一度だって自分から死のうなんて思わなかった…俺は、一族が滅ぼされた時、ぜってぇ生きて、生きて、生き抜いて、仲間を殺した奴等に一矢報いてやろうって思った。死んじまったら、俺の一族は神経のイカれた気違いな種族っつって人間歴史の中で笑い者にされちまうんだよ…俺は、仲間や家族がそんな風に思われるなんて耐えられねぇ…」
一気に話をしてみたが、ジャムは微動だにしない。
それでも、ジャムは聞いていると思い、アギィは一呼吸置いて話を続けた。
「…例え、一族が集団自殺を図って滅びたっていう事実があってもな…」
**
俺の一族は『朱魔族(あけのまぞく)』という魔族の中でもしきたりを重んじる特殊な種族だった。
というのも、朱魔族は、魔族の開祖と謂われている、要は世界最初に現れた魔族だったから。
魔族の出現は多種族を脅かした。
故に、しきたりは厳しく、決して多種族に危害を加えることが無いように、世界の端っこで慎ましく、ひっそり暮らしていた。
徐々に子孫を増やし、外に出るようになって、魔族の中でも種族がいくつか出現するようになった。
しかし、朱魔族となった一族は、魔族のしきたりを守り、多種族を寄せ付けず、世界の端っこでひっそり暮らし続けた。
繁栄こそなかったが、それなりに血の力で絆は固く結ばれていた方だったと思う。
世界に“人間”が現れて、事態は一変した。
元来、“人間”というのは“神の失敗作”と言われてきた。
『人に生りきれぬ人』、『“人”と“獣”の間の人』そんな言葉が転じて“ニンゲン”と謂われたと伝えられている。
そんな“神の失敗作”は、とんでもない愚物だった。
此の世界には『神の領域』と謂われる大地がある。
其れは万物の始まりの地、万物の終焉の地。
“万物は、北で始まり、南で栄え、西で安住し、東で衰える。そして、再び、神の地に戻りて、終焉す”
神言(シンゴン)として、万物が必ず宣(のたまう)、お告げ。
つまり、すべての生き物は、創始があり、終焉がある。一族の運命は、世界を回って後、尽きるのだ。ということを謂っている。
だが、最後に生まれた例の愚物は、その輪廻を断ち切った。
神を殺し、知恵を得た愚物どもは、片端から異種族という異種族を滅ぼし、類稀なる繁殖力で、世界中を“人間”で埋め尽くしてしまった…
魔族の迫害も例外ではなかった。
しかし、魔族は神に与えられた法で、特殊な能力が備わっていた。
“人間”は其の能力を畏怖しながらも、謙遜し、能力の割に高めな種族は生き残ることが出来た。
だが、時が経つに連れて、“人間”の異種族に対する畏怖は増大していく一方で、その恐怖が“殲滅”という形で如実に出てきた。
まず、“人間”に靡かない者から消されていった。
魔族も白刃の矢が立った。
“人間”は知恵者だった。
魔族は恐怖で集落を支配し、逆らう者はみんなの前で処刑されていった。
人間の処刑は生半なものではなかった。
油の煮えたぎった鍋の中に、罪人を放り込むという方法だった。
処刑のある日は、集落を一周するほどの罪人が行列を作り、そんな集落のある大地には、三日三晩と悲鳴、呻きが止むことはなかった。
それから、魔族の多くは“人間”に逆らわないように生きることが求められるようになった。
我慢、我慢、我慢
終わることの無い我慢の日々。
世界の端でひっそり生きてきた朱魔族は、消されていく同胞を憂い、とうとう我慢の限界に来ていた。
―――暑い、真夏の日のことだった。
其の日は朝から、豪勢な食事だった。
人間の支配下に下るようになってから、酒すらも口に出来なかった大人が、朝からどんちゃん騒ぎをするほど、酒を浴びていた。
子どもも、勉強・お仕事、すべて放棄して、思う存分遊ばせられた。
俺はまだ、3歳…にもなっていない赤子だった。
そんな赤子でも、此の風景は異様に見えた。
だから、隠れん坊と言って、集落から抜け出した。
もちろん、集落から出たら、ここまで探しに来る鬼は居ない。
日もとっぷり暮れた頃、俺は、隠れていた処から飛び出し、家に帰った。
家には誰も居なかった。
其れ処か、集落には誰も居なかった。
狭い集落だ。
3歳の足でも、数時間かければ一周できる。
真っ暗になって、それでも人は居なかった。
家で、小さく丸まっていると、何処からとも無く悲鳴が聞こえた。
俺は小さな耳を塞いで、家の隅っこで震えていた。
其の時は、別の集落で処刑が行われていたのだろうと思っていた。
翌日になっても、誰も帰ってこなかった。
ふと、異臭がして家を飛び出した。
微かだが、風に混じって人の焼ける臭いが集落中を包み込んでいた。
異様な臭いに、俺は鼻を塞ぎ、臭いの元の方に向かってゆっくり歩き出した。
集落外れの方に近づくと、その臭いはきつくなり、とうとう呼吸が出来ないような状況になった。
なんとか辿りついた先には、魔族の祖を祭った祠の洞窟がある。
洞窟の前で、人が数名、入り口で固まっているのが見えた。
俺は直感でそれが“人間”だと分かった。
急いで隠れ、奴等の動向を見てみる。
「ひっでぇ臭いだな…」
「全くだ。どうせ死ぬなら人間様に殺されるよりは自らの手で死にますってか?」
「なんかのドラマかよ…アホくせぇ。」
「是で魔族は全部…消滅か?」
「嫌、紫魔族(しのまぞく)がいる。」
「あれは、魔族じゃないだろ?」
「まぁな。だが油断は出来ない、あいつ等は“人間”の皮を被った魔族だ。」
「つーか、人間の狗っつった方がいいだろう?」
「とりあえず、盾突く魔族は排除したな。後は…」
俺は、そこで俺以外の仲間が死んだことを知った。
俺の中にはもう、家族や仲間を失ったことより、奴等に捕まって殺されることの方が恐怖で仕方が無かった。
とりあえず、俺は行けるところまで逃げた。
集落を抜け、魔族の大地を捨て、ひたすらたった一人で逃げ続けていた。
「俺は、逃げながらも、人間を憎み、俺を置いていった仲間を憎んだ。たった3歳の餓鬼だったけど、そん時の傷は未だに深く残っている。だから俺は生きるんだ。生きて、生きて、人間に復讐して、仲間に復讐してやるんだ。」
**
「…あんたは僕とは違いますよ。」
今まで微動だにしなかった寝床が大きく動いた。
ジャムはゆっくり起き上がり、吐き捨てるように呟いた。
「だろ。」
アギィは苦笑いを浮かべながら、頷いた。
ジャムは無表情でアギィを見つめる。
「大切な仲間が居ないあんたと、大切だと思える仲間を失った僕とでは不幸な比率は雲泥の差だよ。」
「不幸…の…比率?」
「そう。あんたはまだ物心付く前に家族や仲間を失った。大切だと思う前に故郷を失った。…あ、失ったっていうより捨てたんだったっけか?命を棄てる奴が許せないって?何も分からない奴が偉そうに言うなよ!僕は、大切な人を失って、守らなきゃいけない立場だったのに、守るものも守れないで、のうのうと生きている。そんなことが許されるとでも思ってんのか?僕は守護者としての責任を全うしなくちゃいけないんだ!」
「ふっざけんな!」
大きな怒声と共に、『バチン』という大きな音が響いた。
「てめぇみたいな命の重さも分からない糞餓鬼が『責任』だと?自分の命の責任も持てない奴が責任なんて。偉そうなのはどっちだ!いいか、お前、自分の責任で大切な人を失ったとか言ってたな?ああ、そうさ、大切な奴が死んだのだって、お前の仲間が死んだのだってお前のような命の重さも分からない『守護者(ガーディアン)』が守っている『つもり』で居たからだろ。『守る』っつー行為を甘んじてた結果だろうが!それを、「守れなかったから、命を絶ってお詫びします」だぁ?何処までお前が殺した連中を辱めれば気が済むんだ?守れなかったから死ぬっつーのは詭弁だ!お前、人の命を奪った重さに耐え兼ねて逃げようとしてるだけだろ!いいよな、死ねば苦しみなんか無い。寂しさも、辛さも、何も感じなくていいんだからな。」
ジャムは、アギィの一気に吐き捨てられていく言葉に、強く奥歯を噛み絞めて、寝床から飛び出すと、その勢いで、再び窓からその身を投げた。
「ジャム君!」
カイロが窓に駆け寄った。
「ほっとけ!死にたきゃ死ねばいいんだよ!」
「アギィ!」
「…コレで本当に死んじまう時は、あいつは其処までの奴だったってことだよ。」
カイロは、小さくため息をつくと、ジャムが飛び出した窓をゆっくり閉めた。