黒い翼の少年
ACT.15
カイロ、此処に開けてはいけないという『パンドラの箱』があるとしよう。
お前なら、開けるか?
おれなら、開けるよ。もちろん!
**
ふてぶてしい表情の子どもが玄関に立っていた。
葉巻に火をつけたばっかりだった。
玄関のチャイムがけたたましく鳴った
女は一昨日、バーで高級酒を俺の頭に掛けてすっきりしただろうから、二度と此処へは来ないはずだ。
だとすれば、編集長か、もしくは・・・
そう思いながらレンジはだるそうに扉を開けた。
想像は見事に外れた。
狐のような目をした灰色の子どもだった。
「ん!」
14・5歳くらいの子どもは黙ってレンジに汚い紙を突きつけてきた。
レンジはめんどくさそうにその紙をもぎ取り、広げていった。
「えっと・・・『レンジ=シーモスト様』・・・」
『レンジ=シーモスト様
お久しぶりです。以前、【エスター・コート】の灯ノ島で魚人族について調べていたときにお世話になりました、ヨウイチ=カシマです。
この手紙を読んでいるということは、きっと一人の少年が此れを届けてくれた証拠でしょうか?
今回、手紙を差し出すに当たりまして、一つ依頼をしたいと思います。
この手紙を届けてくれる少年は、10年ほど前、【エスター・コート】の浦島という島で発見された、子どもなんだそうです。
彼を見つけた島の漁師が、灰色の髪と灰色の瞳から、“灰郎(これでカイロをよむそうです)”と名付けたそうです。
わたしの研究では、人間の種族に灰色の髪と瞳を持つ種族がいないこと、また、かつて存在していた神の種族に、似たような容貌をした種族があったことから、彼は神族の血筋をもった子どもではないかと推測します。
わたしも、灯ノ島で倒れているところを助けたので、詳しいことは判りかねますが、彼の言うことによれば、育ての親が時化の海で遭難してしまい、身寄りがなくなってしまったとのことで、本当の家族を探して旅を始めたそうです。
【エスター・コート】を出ると言ったので、神族について調べているとおっしゃっていたレンジさんを思い出して、【サウザリアン】へ行くことを薦めました。
誠に勝手で申し訳ありません。
ご迷惑でしたら追い返して構わないと思います。
なんせ、子どもながらに他人に頭を下げるといったことを知らなかった子どもですので・・・
また、灯ノ島へいらっしゃるときは、是非お立ち寄り下さい。
研究の成功を願っています。
ヨウイチ=カシマ』
手紙を読んで、レンジは手紙を届けてくれたふてぶてしい顔の少年を見た。
灰色の髪に灰色の瞳。
故に、“カイロ”
粋な名前をつけたものだ。
レンジはこの子どもの名付けの両親に感嘆した。
「小僧、本当の家族を探してんだな。」
少年を部屋に入れ、ダイニングテーブルから椅子を引いて、そこに座らせた。
小さな少年は、椅子に座るとつま先がちょっと床に届く感じで、両足とも、ぶらぶら揺れていた。
ふてぶてしく、笑いもしないつり目の少年が、こっちをじっとみつめていた。
「カイロっつったな。まずは自己紹介だ。」
レンジはコーヒーを入れたかカップをカイロの前に置き、目の前に座った。
「おれの名前は、レンジ。レンジ=シーモストだ。まぁ、カシマから話は聞いていると思うが、おれの仕事は雑誌編集と情報収集だ。いわゆるジャーナリストと、一般的には言うが・・・」
「・・・おじさん、神族について調べてるんだって?」
高いとも低いとも言えない声が部屋に響く。
目の前のふてぶてしい顔の少年から発せられた最初の言葉だ。
「神族の中で、浦島に渡った人がいるっていう記録は残ってたりするの?」
「な・・・?」
とんでもない言葉だ。
普通の漁師の元で育ったのだったら、何の情報もないなかでは絶対出てくる言葉ではない。
「おじさん、何で僕がそんなこと聞くのか不思議がってる顔してるね。」
ふてぶてしかった少年の顔に、見下すような皮肉な笑みが浮かんだ。
「ヨウイチさんは、ジャーナリストだったけど分野が違ったようだから、旅の理由を家族探しってことにしておいたんだ。」
なんて子どもだ。
多分、この子どもは初めて見る人を一瞬で見極める力がある。
レンジは背筋がゾッとした。
この子どもには隠し事はできない。
そう思った。
「ふ・・・」
そう思うと、逆に笑いがこみ上げてくるものだ。
レンジは小さく含み笑いをすると、
「いいだろう、カイロ。おれの調べた神族の情報をお前に提供してやろう。ただし、それにはお前にもジャーナリストに情報を受け取る義務を果たしてもらう。」
「何それ。」
少年は一瞬でふてぶてしい顔に戻る。
「おれが与えた情報を、お前は買わなければならない、という義務だ。」
「またお金かよ・・・この国の人は異様に金にこだわるんだね。」
「?・・・おれも此れを一応生業にしてるからしょうがないさ。ま、子どもで旅人のお前に金を巻き上げるほど腐ってなんかいないつもりだ。情報の分だけ、お前、おれの仕事を手伝え。バイトだバイト。」
こうして、カイロはレンジのうちに住むようになった。
カイロの仕事は、レンジが裏家業であるジャーナリストの仕事をこなしている間、表の稼業である雑誌編集をやることだった。
カイロにとっては簡単な作業だった。
レンジの雑誌は、【サウザリアン】の名所、名店を紹介する観光雑誌だった。
それもレンジの担当は、会社の社長が持ち込んできた記事を編集するという単純な仕事だった。
社長も、レンジの仕事を誰がやろうと、持ってきた仕事をうまくこなしてくれれば何の文句も言わなかった。
幸い、カイロは知恵が回る子どもだった。
大人も驚くほどの知識・読解力、そして才能とも言える、『見抜く力』がレンジの本職をより良くしてくれた。
次第にレンジが取材もなく、本職の方に行き詰ると、カイロが手伝ってくれる。
そんな仕事形態が出来上がってきた。
それからだんだんレンジの本職がカイロの本職になってきていた。
『ピンポンピンポン』
と玄関のチャイムがけたたましくなった。
その日はレンジが取材に行っていて、カイロは雑誌の編集の仕事をしていた。
お留守番しているカイロは、そのときだけ、レンジへの依頼を受け取る。
重い腰を上げ、カイロはチャイムがけたたましく鳴る玄関の方へ歩いていった。
玄関のチェーンは掛けたままゆっくりドアを開ける。
自分より、頭一個分大きい人が立っていた。
それも赤黒い髪の毛に紫の瞳。そして筋肉の付いた両腕に、焼けて黒くなった肌が玄関とドアの隙間から覗いた。
「・・・あ」
始めは誰だかわからなかった。
気づいたのは相手の方だった。
「お前、数ヶ月前の・・・旅人じゃなかったのか?」
そう言ってくる相手。しかしカイロは全く見覚えのない人だった。
「俺、俺。お前が路地裏でジャンキーに絡まれてたときに助けた・・・」
「あ。」
カイロもようやく思い出した。
「金の人!」
それにしても思い出し方が露骨そのものである。
カイロは、「レンジの客で来た」と言う赤黒い髪の少年をダイニングまで通した。
「まさか、オタクが“レンジ”さん?」
少年はレンジを知らないようだった。
「違うよ。居候。」
カイロはキッチンからコーヒーとお茶請けを持ってきて、少年の前に広げた。
「レンジさんは?」
「取材旅行。10日は帰らないよ。」
「なんだよ、タイミング悪いな・・・」
少年はバツのわるそうな顔をして、右手親指の爪を噛んだ。
「君は、魔族だったよね?」
カイロが聞く。
「ああ。やっぱしすぐわかるよな?・・・あのさ、魔族だから依頼受けてもらえないなんてこととかあるかな?」
少年は、躊躇いもなく応えた。
むしろ質問をしてきたときの少年の表情は、カイロが浦島を出てきて初めて異国に流れ着いたときに路地裏で出会った恩着せがましい雰囲気は微塵もなく、“魔族”ということを異様に不安がって、でかい図体の割りにおどおどとした風を見せた。
「レンジはそんなことで人を区別する人じゃないよ。」
数ヶ月一緒に住んでいて、カイロにとって初めて芽生えた感情だった。
**
カイロは物心ついた時にはすでに浦島にいた。
自分を“灰郎”と付けてくれた両親は、本当に貧しい漁師だったが、大らかで優しい人たちだった。
この人たちがいなかったら、突然、島の最端で立ち尽くしてた5歳の少年なんて気味が悪くて、引き取るのも物凄い論議を要しただろう。
下手したら、死ぬまで自分が何者なのかわからないまま、その煮え切らない思いを抱えて浦島で野垂れ死んでたにちがいない。
カイロの両親は、一つ返事でカイロを保護することを決めた。
そして、カイロの普通の子とは違う雰囲気・容貌を気にしつつも、差別することなく育てた。
13歳の初夏だった。
灰色の空が重く重く落ちてきそうな天気だった。
父親はそんな中でも船を出した。
その夜、暴風雨が浦島を襲った。
翌朝、父親の船が沖で粉々になっているのを同じ漁師が見つけた。
父親はその数ヶ月後に半分潰れた遺体となって【エスター・コート】群島の一つ、『燿島(あきしま)』に打ち上げられていたと連絡が入った。
母親は、カイロが立派な漁師になることを願って病に倒れた。
そしてそのまま帰らぬ人となってしまった。
母親は死ぬ間際に、“ジャーナリスト”という公にはできない極秘の情報を提供してくれる組織にカイロの生い立ちを調査させていたことを教えてくれた。
それは、単に興味本位だったからではない。
浦島には伝説がある。
それは、時化で流されてきた神族の青年が、既に絶えたといわれる鬼族の娘と結ばれたが、神の滅亡と共に青年が姿を消し、鬼の娘も身ごもったままどこかへ消えた。
という伝説である。
島民の多くが信じていないこの伝説を、両親は、カイロを引き受けてから「まさか」の思いで調査を依頼したという。
母親は言った。
「もしも、カイロが自分で自分のことを知りたいと想ったのならば、私達の依頼したジャーナリストの元を尋ねて御覧なさい。ジャーナリストは、灯ノ島できっと今も研究を続けているでしょう・・・詳しい宛先は戸棚の裏の隠し扉に仕舞ってあります。そしてその中には今までの調査結果も入っています。カイロ、あなたは本当に優しくていい子。私達にはもったいない神の子どもでした・・・」
『立派な漁師になってほしかった・・・』
母親はそう言って息を引き取った。
父と母を立て続けに亡くしても、カイロに彼等を哀悼する気持ちは湧いてこなかった。
母の埋葬をあっさりと済ませてすぐにカイロは灯ノ島の“嘉島陽一”というジャーナリストの下を尋ねた。
カイロの両親が調べ上げたことは何故かカイロ自身が知っていることだった。
カシマは、淡々と自分の経緯を話しているカイロを見て、一言
「君は感情がいくつか欠落しているようだね。」
と悲しそうな顔をして呟いた。
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