泣きたくなるほどの蒼。
『此れ』が欲しくて、どれほど胸を焦がしたことか。
本当に見て欲しいと思った人は、
既に其処には居ないというのに…
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『炊き出し』の時間だ。
ジープという、ものすごく澱んだ空気を吐き出す車が『ぼふん、ぼふん』と音を立ててやってきた。
周りに居た人たちは、黄土色の地面に這い蹲ってそのジープの走る方へ向かっていく。
多くの人が麻で出来た一枚の布を頭から被り、藁を編んだ粗末な紐を腰元に巻いて服としている。
這い蹲るその服のから延びる手は、木の枝よりも細い。
此処の人たちは飢えている。
なかなか日の沈まないこの街は、ただでさえ作物が育ちにくい土地柄にも関わらず、多くの難民が雪崩れ込んできたことで、食糧難になり、人々は此の街の種までしゃぶりつくしてしまった。
助けは、週に2回来る軍の『炊き出し』という食糧配布だけだ。
そこまで苦しいのなら逃げればいい。
街から出て、新たな土地で、職なり、住処なりを探せばいい。
出来るなら、此処に居る誰もがそうしている。
この街の周りは霊峰と名高い山脈と、砂漠、幻の民が『住んでいた』という荒れ果てた樹海に囲まれている。
逃げ場など、無い。
それに、此処を抜けたところで、のたれ死ぬのが目に見えている。
だから、唯一くる『炊き出し』を待つしかないのだ。
「兄ちゃん、行かないのか?」
周りの流民同様に、麻一枚を頭から被った白髪の老人が、土壁に寄りかかり、『炊き出し』を求める人の群れを眺めている若者に声を掛けた。
若者は、やはり周囲と同様の格好をしているが、被っている麻のフードは他よりも深く、頭から顔まで、一切を覆い隠している。
見えているのは鋭利な顎のラインだけである。
「早く行かねーと無くなっちまうよ。」
老人は何も喋らない若者を一瞥して、『炊き出し』の群れに混ざって行った。
若者は土壁に寄りかかり、足をだらしなく大地に広げ、そのまま微動だにせず、目だけは『群れ』を追いかけていた。
「兄ちゃん、行かないの?」
また誰かがそこの若者に声を掛けた。
鋭利な顎がピクリと動き、フードが少し、声の主の方へ向いた。
「『炊き出し』は週に2回だ。喰いっぱぐれると先明後日まで水すら口に出来ないだろう?」
声の主が若者の丈に合わせて身を屈める。
灰色のサラッとした髪が、視界に入ってくる。
思わず若者は顔を上げる。
拍子にフードの被りは浅くなり、双眸と前髪が姿を見せる。
目の前に現れた灰色の髪の男は、細いつり目で、眼球も髪同様灰色…というより白銀に近い色だ。
服装も、此処にいる人たちとは全く違い、襟のあるカットソーを腰紐で結わいだ服を着ている。生地も麻ではなく綿を細く編みこんだ布を使っている。
「わぉ、双黒ですか?初めて見ます。」
男は細い目を更に細めて、言う。
若者は眉間に皺を寄せると、フードを被り直し、視線を『群れ』に戻す。
「誰かを探しているんですか?」
若者は答えない。
「ボクは貴方の知り合いに似ていますか?」
それでも若者は答えない。
「…死を急いてはいけませんよ、双黒の少年君。」
そう言うと、男は懐から白く丸いものを取り出すと若者に差し出した。
若者の目がかすかに男を見る。
男は目を細めたまま表情を崩さない。
若者は、黙って差し出された白く丸いものを手に取った。
手の中に入った白く丸いものは、柔らかく、微かな温もりを残していた。
若者は、白い其れに齧り付いた。
若者は、噛み砕く間もなく、口に入った其れを飲み込み、また齧り付く。
白く丸い『まんじゅう』は、あっという間に若者の手の中から消えた。
「はぁ…」
と若者は、『まんじゅう』を頬張った口から、小さくため息を零した。
「君は、まだ若い。住処を奪われて、きっと大切な人を亡くしたかもしれないけど、此処で自ら死ぬことこそ無駄で無意味なことは無いと思うよ。」
灰色の男は立ち上がり、視線を、『炊き出し』に向かう群れに移し、言った。
「双黒を其処まで隠すんだから、『意味』は理解しているんですよね?」
男の視線は動かない。
若者は黙っている。
「…一緒に来ませんか?」
若者の、黄土色の大地に広げられた手がピクリと動く。
「ボクは『炊き出し』に来た軍人ではありません。…ちょっと、探し物を求めて此処に立ち寄っただけの旅人です。」
男の視線が若者に向けられる。
「誰も…貴方を『捕まえて、役所に突き出す』ことはしません。」
若者の手がゆっくり拳を作っていく。
「どうですか?一緒に、来ませんか?」
深く被せられた麻のフードが、ゆっくり縦に動いた。