伝説の石版

ススム | モクジ

魔族の少年と神族の少女

<1>
 この世界は神様が造りました。
 神様は、棲める土地を造り、棲める人を造りました。
 棲める土地は神の土地、棲める人は神の分身。
 みな、神様を讃えて、世界の安寧を願い暮らしていました。
 しかし、ある時、悪魔が現れました。
 悪魔は、神の土地を奪い、神の分身を殺しました。
 神様は嘆き、悲しみ、悪魔に罰を与えました。
悪魔は、神の土地の端っこへ閉じ込められました。
 
 この世界は神様の世界。
 この世界に棲む者はみな神の分身であります。



長い月日は、一族を滅ぼしつつあった。
 両手で数えられてしまうほどに減少した一族は、この日、寒い風が唸る中、馬の皮で作ったみすぼらしくも、大きいテントの中で、青白い顔をして横になる老人を囲んでいた。
 「族長様!!」
囲む一族は、手を取り合い、死の床についている老人に気を送った。
「しっかりしてくださいませ!!」
「われわれがついています!!」
一族の想いが通じたのか、族長は、しわ皺の手を挙げ、
「パ……シュパを……これへ…」
と最後の力を振り絞って必死に何かを呟き始めた。
一族の輪から、二歩ほど下がったところで瞑想していた少年が伏せた目を上げ、ゆっくり立ち上がり、族長の枕元に座り、上がった手をきつく握り締めた。
「何でございましょうか?…族長様…」
シュパという少年は、低い声で、横になっている族長に話しかけた。
「シュ…パよ…お前はこの一族の最後の若者…なんとしても血を…この一族の血を絶やしてはならぬ…此処をでるのだ…シュパよ…」
「・・・お祖父様…」
震える声で、言い切ると、族長の手から力が抜け、瞳は固く閉じられた。
その瞳はもう二度と開くことはなかった。
一族の輪の中からすすり泣く声が響き渡った。
シュパは、老人の皺だらけの手を、死者の胸の上で組ませ、わき目を振ることなく、まっすぐ立ち上がり、テントを後にした。
冷たい風は、シュパの身体を刻み付けるように吹いていた。
「シュパ…」
テントから出たシュパを見て人々が駆け寄る。
みな、シュパよりも大分歳のいった人々ばかりである。
「みなさん…族長は…」
シュパが神妙な面持ちで口を開くと、集まってきた人々はみなその場に泣き崩れた。
シュパの後ろを、老齢だが、ガタイのしっかりした男がテントから出てきた。
「みな、族長は先ほど、この唯一の若者にこの一族の命運を託し、身罷られた。我々は、この未来を担う唯一の若者を信じ、吉報を待とうではないか!」
「わぁぁ」と泣き崩れた人々は、悲鳴か歓喜の叫びかわからないような声を上げた。
「シュパよ…コレを…」
シュパは、老齢の男の声で振り向いた。
男は、手に握っていた擦り切れた布の袋をシュパに渡した。
「これは…一族の長を示す、五色の石版…」
シュパは巾着を受け取り、戸惑いながら老齢の男性を見た。
老齢の男性は力強く頷き、
「シュパ、コレを託すことは、一族を一身に担うことを現す…族長様が望んでいたことだ。」
と言い、シュパの手を強く握った。
「思えば、我等の先祖がこの辺境の地へ来てから何百年と経っている。血は段々と濃くなり、身体の弱い者、早くより命を落とす者が増えた。その中で、この近年でシュパ、お前だけが唯一15の歳まで生きることができた…お前を抜かせば、みな先の無い老齢なものばかり…そんな我等とて何時死ぬか分からぬ身、この血を絶やしてはならない、シュパ…一族を甦らせられるのはお前しかもういないのだ…」
老齢の男性の目から涙が一筋流れた。
シュパは老齢の男性の想い、シュパを囲んで泣き崩れる者達の想いを受け、力強く頷いた。
「…叔父さん…みんな、僕、皆からの使命を必ず叶えて帰ってくるから…」
『シュパ』
シュパの肩に一匹の黒い鳥がとまる。黒い鳥は喉を鳴らしてシュパを呼んだ。
「クピ、君も来てくれるの?」
『俺が育て親だし、唯一の友達だろ?』
「クピ様、シュパをお守り下さい…」
老齢の男性は黒い鳥に向かって深々と頭を下げた。
『任せてよ。この一族を守るのが俺の使命だから。』
クピと呼ばれた黒い鳥は、重く圧し掛かる雲に向かって嘶く。
「行こう、クピ…」
少年は懐に巾着を仕舞いこみ、荷を背負うと、一度だけ振り返り、笑みを浮かべ、一族のみなを目に焼きつけ、一族の集落を後にした。



 里を下りたシュパが見たものは、街の大通りを長い長い行列が練り歩いている光景であった。
列の先頭には金の箱を肩に背負っている。中盤の列には白い布が被さった御輿が3つ続けてやってくる。後列には、槍を肩に掛けた集団が手足を同じ高さに交互に上げて歩いてくる。
「あれはお姫様の行列だよ」
近くに居た行商の女が教えてくれる。
「しかし、あんたは変わった格好してるね。肩に乗ってるのはなんだい?」
行列が過ぎ去ると同時に、人が散り散りになっていく。行商の女もまた、足元に置いていた荷物を肩に掛け、シュパの人となりを見ながら聞いてくる。
「僕はシュパ。暗夜の…」
シュパが喋っている間を遮って、
『カァァァァァァー』
とクピが一声嘶いた。
シュパと行商の女はその声に驚き、目を丸くした。
「びっくりしたね…鴉かい?あんた鳥使いかなんかかね?躾、もう少ししっかりしなよ。そんなんじゃ、この街どころか世界中どこでも客なんか呼べやしないよ。」
行商の女は怪訝そうな顔を浮かべて、そう言い捨てると散り散りになった人たちの中に消えていった。
「クピ、なんだよ。」
行商の女が見えなくなり、シュパは小声で肩の鳥に向かって呟いた。
すると鳥は更に小声になり、シュパの耳元で呟いた。
『お前、“神様の土地”で本性ひけらかしてどうすんのさ。』
「あ…」
クピの一言で、シュパはハッとした。
『忘れんなよ、俺たちは何百年も昔に神様に追放された悪魔の一族の子孫だ。“暗夜の極地”はこの世界じゃ言わずと知れた悪魔の土地なんだよ。神様の分身たちから見れば、俺らは敵なの。それくらいは頭に入れて、慎重に行動してくれ。』



この世界には親から子へ、子から孫へ、代々詠い継がれる一編の詩があった。

この世界は神様が造りました。
 神様は、棲める土地を造り、棲める人を造りました。
 棲める土地は神の土地、棲める人は神の分身。
 みな、神様を讃えて、世界の安寧を願い暮らしていました。
 しかし、ある時、悪魔が現れました。
 悪魔は、神の土地を奪い、神の分身を殺しました。
 神様は嘆き、悲しみ、悪魔に罰を与えました。
悪魔は、神の土地の端っこへ閉じ込められました。
 
 この世界は神様の世界。
 この世界に棲む者はみな神の分身であります。

この詩にある“悪魔”こそ、シュパの一族の先祖。
シュパは、悪魔族の血を継いだ最後の若者なのであった。

「僕の正体を知って、神の分身である人たちが一族の血を残そうとしてくれるのかな?」
シュパが自信なさげに呟いた。
『正体を明かさなきゃいい。』
「明かさずになんとかなるの?そういうことって…」
『なる。』
「何を根拠に?」
『なるから、なるのだ。』
「根拠になってないけど…」
『うーるさいな!お前はその石版の反応する神の分身を探し、契りを結んで、子をなし、一族の元へ帰る!それだけを考えていけばいいんだよ!』
「…その石版が反応するのが男だったらどうすんだよ…」
『…そん時は…そん時だ!』
シュパは、肩の黒い相方を一瞥し、懐の巾着に手を掛けた。



神様は世界を造りました。
神様は己が身を呈し、分身を造りました。
神様の分身こそ、今此処に生きる全ての生命なり。

悪魔がいました。
悪魔は神様に逆らい、神様の造ったあらゆるものを壊し、消していきました。
悪魔は心痛な面持ちであった神様の慈悲を受け、世界の端っこに封印されました。
悪魔は二度と、神様の前には現れませんでした。

「おかしいと思うわけ。」
教会のお祈りが終わり、少女は神書を机に叩き付けて、神の彫刻に向かっている神父に悪態をついた。
「神様神様って、神様が人を造ったっていうなら、どうしてお母さんは私を生んで死んじゃったの?お母さんが私を造ってくれたから、私が此処に存在しているわけでしょ?神様なんかいないのよ!居たら、私は神様から生まれて、お母さんは死ななかった。そうでしょ?」
「リリア。その話は何度もしました。」
神の彫刻に祈っていた神父は顔を上げ、冷静な面持ちで少女に向き合った。
「聞いた。耳にタコができるくらいね。」
少女は顔を背け、吐き捨てた。
「ヒステリックになるのはお止めなさい。あなたは幼い頃からこの教会で育ち、神様の御傍に仕えてきました。そのあなたの口からそのような言葉が出てくるのがとても悲しいです。」
神父はそういうと、机にたたきつけられた少女の神書を手に取り、彼女の前に突きつけた。
「神様への冒涜は、罪となります。あなたがまだ子どもで、教会の信者だから多少の暴言も目を瞑ることができます。しかし…」
神父は苦い顔をして言葉を濁し、目を伏せた。
少女は鋭い視線を神父に向けた。
「ドクターを審判所に突き出したのは神父様だったのね?」
「リリア、彼は危険な思想の持ち主だった。もしかしたら悪魔一族の子孫の可能性だって考えられた…あなただって、彼によからぬことを吹き込まれてからだ。そうやって神様への冒涜を口にするようになったのは…」
神父は目を伏せ、奥歯を噛み締めて呟いた。
「だっておかしいじゃない。ドクターが悪魔だったら、悪魔だって神様が造った生き物じゃない?そうよ、悪魔族だって神様が造った私達の仲間じゃない!」
「リリア!!」
神父が大声を上げ、少女は背中から震え上がった。
神父はパンパンと手を叩くと、脇の扉から修道士達が2〜3人現れ、少女の両脇を抱えた。
「きゃあ、離して!何?」
「リリア、君には少しきついお灸を据えないといけないみたいだよ。」
「連れて行け。」と神父は修道士達に命じた。
修道士達は騒ぐ少女を抱えて、教会の神殿を後にした。

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