戦国無双

モクジ

  関ヶ原前夜祭  

美濃・関ヶ原。
ここは西軍本陣。
戦いの火蓋が切って落とされそうな緊迫した中、その男は陣形図を睨み付けて唸っていた。
「三成。」
自分を呼ぶ声がして、赤毛の男は陣形図から重く顔を上げた。
男が立っていた。
白い陣羽織が松明の明かりしかない薄暗い陣屋に浮かび上がる。
三成と呼ばれた男はその男を見知っていた。
「兼続か…」
男は安堵した声を吐き、関ヶ原の陣形を説明しようとした瞬間、何かを思い立って、突然来訪者をもう一度見やった。
「兼続?なんでお前がこんなところにいるんだ?」
直江兼続。
家康の天下を善しとしない、同胞・上杉景勝の腹心だ。
本来、奥州周辺で陣を構えているはずのその男が、なぜか遠く離れているはずの美濃で笑顔を浮かべながら目の前に立っている。
頬を赤らめ、唇を艶めかせた表情は、ひどくキモちわるい。
石田三成は、思わず一歩退いた。心なしか、笑顔のように上げられた口端がひくひくと引きつる。
「嫌、何、手土産をと思って…」
「はぁ?」
「幸村から貰ったんだ。遠い異国の来客が持ってきたそうで…」
直江兼続の両手に、お椀サイズの奇妙な器が包み込まれている。
「蕎麦だ。」
三成は呆れ果てて深く皺が刻まれた眉間を抑える。
「蕎麦だと?」
「ああ。幸村らしい。上田周辺の特産物だそうだ。」
「どうでもいい。なんで蕎麦を持ってわざわざ奥州から美濃までやってきたんだ、貴様は!!」
握られていた鉄扇を兼続に向け、三成は怒りを露わにした。
「これは日本を大きな陣形と捉えて、貴様と俺と幸村で家康を方々から叩くという作戦であっただろう?貴様が唱えた策だろ?…まさか貴様、俺と幸村を裏切ったというわけではあるまいな?」
戦前の緊迫に押しつぶされそうな三成は、兼続の行動を寛容に受け止めることが出来ない。
悪い方へ、悪い方へと頭が行ってしまう。
鉄扇を持つ手が震えている。
緊張しているのだ。
これが天下の分け目になると、朧気ながらに思っていた。
石田三成は奥歯を強くかみ締め、目の前に立つ親友の出方を待った。
親友は、それでも緊張感のない笑顔を浮かべて、蕎麦の器を見せてくる。
器には緑の施しがしてあり、同色の蓋がぴっちりとされている。
奇妙な装飾である。
独特な書体で文字まで描かれている。
「私は義人だ。親友と誓った三成や幸村を裏切るような不義な真似はしない。」
笑顔ではあるが、疑われたことに少し傷ついたのか、兼続は眼を伏せ、蕎麦の器をより強く抱き込んだ。
三成は、扇を下ろし、
「すまん。」
と小声で呟き、
「俺は、今、心にゆとりがない。その…蕎麦も気休めだろ?『離れていても…側に…居る』と…」
「はぁ?」
せっかく照れを押し殺して幸村や兼続のばかげた思いを口にしてやったのに。
真っ赤になった三成に、兼続は微妙な顔を浮かべた。
「はぁ、とはなんだ!ちくしょう、もう出て行け!帰れ!」
陣形図の貼りつけられた机を、鉄扇でバシバシ叩きつけて三成は叫んだ。
「祝いには蕎麦だろ?」
突拍子もない兼続の言葉に、三成は手を止め、再び、親友を見やった。
「ほれ。」
兼続の手に包まれた器。
ぴったりと貼り付けられている紙の蓋には、緑の装飾に赤い飾り文字でこう描いてあった。
「…み…」
「「み・ど・り・の・た・ぬ・き」」
2人は言い終わると互いに顔を見合わせた。
「…家康を…」
兼続から笑顔が消える。真剣な、いつもの表情で呟いた。
「ふんっ…とんだ茶番だな。あのひげタヌキを討ち取る前祝いというわけか。よかろう。座れ、兼続。今酒を…」
三成はバカにしながらも笑顔を浮かべ、側に居た護衛の兵に酒をもってこいと指示をした。
「…フリーズ製法で詰め込んでみました。」
兼続は器を抱えたまま、先ほどの呟きの続きをさらに呟いた。
「何を言ってる、兼続、座れ。」
兼続は顔を上げ、三成を一瞥し、真顔で言った。
「三成、お湯を用意してくれ。」
「は?」
三成は何がなんだか分からない。笑顔が笑顔のまま固まる。
そんなことはお構い無しに、兼続は口を開いた。
「解説しよう!この『まるちゃん 赤いきつねと緑のたぬき』は、フリーズ製法という画期的な技術により、分子を急激に縮小してあるため、軽く持ち歩けて、長持ちさせることができる素晴らしく近未来的な万能蕎麦なんだよ!」
突如として普段は、へたれている兼続の兜が天を仰いだ。
さらに兼続の眼は見開かれ、その眼は血走っている。タラコな唇から紡ぎだされる言葉の後にはつばが飛び散っている。
「…はぁ…」
扇子を広げ、つばを払い、三成はいぶかしげに兼続を見つめる。
「そして、今、この近未来技術で創られたフリーズドライ蕎麦に、三河産のひげタヌキを加えて素晴らしく最強のタヌキ蕎麦を制作したのです!!」
陣形図の机に兼続の足が乗る。
緑の器を握り、その拳を天に掲げると、直江兼続はとんでもないことを口にした。
「今、家康はタヌキ蕎麦として生まれ変わった!!さぁ、三成、コレを喰い、天下に覇を唱えるのだ!!」
「なにぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「何、明け方、東軍は血相を変えて攻めてくるだろうが、この緑のたぬきを紋所に突き出せば、忽ち諸侯は三成の下に屈しよう。」
はっはっはと高笑いをし、兼続は掴んでいた「緑のたぬき」を三成の手にそっと握らせると、
「ぐっじょぶ…」
と呟き、太い唇で投げキスをしながら陣屋を後にした。

兼続が言ったように、明け方、徳川の残兵が来ることを警戒し、陣を整えなおした。
ところが、翌日になっても、東軍が攻めてくる気配がなかった。
霧が晴れ、気が付けば、関ヶ原には西軍の陣屋しか残っていなかった。

1600年、天下の分け目となるはずだった関ヶ原の戦いは、よくわからないうちに終わっていたという。
モクジ

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