天水城はダミーがいっぱい!?

モクジ
諸葛亮孔明の率いた蜀の軍勢が雍州天水に攻め上ってきたのは、雪の降りそうな雲がどんよりと空を支配しているような天候の日であった。
 「安定と南安の城を死守しろ!!」
天水城に陣を構えた総大将・馬遵は配下の武将に指示を出している。
「私は街道から蜀本陣を攻めます。」
馬遵の側で伏せる青年が言い、そして顔を上げる。
歳格好、10代後半か20代始めといったくらいで、長い髪の毛をすっきりと一つにまとめている。
青年の名は姜維、字は伯約という。
実に誠実な男で、故郷にいる母のためと仕官し、馬遵を助けて天水を守っていた。
蜀軍の北伐が始まったのはここ数年のことであった。
蜀も皇帝・劉備の死によって力尽きたも同然だと思っていた。
しかし、甘かった。
蜀には、希代の名軍師として名高い諸葛亮孔明がいた。
諸葛亮は劉備の嫡子、劉禅を擁立して、尚も魏に仇をなそうというのだ。
「蜀も黙って魏に従えば、無益な戦をせずとも済むのに…」
姜維は率いる一軍にこぼす。
「しかし、諸葛亮孔明殿の戦、如何なものか、この目で見れるまたとないチャンス…これを見破れば…」
姜維は身震いしていた。
「全軍、進め!!」
姜維は天水城を後にした。

 「我々の北伐において、この天水の地は重要な拠点のひとつです。ここを落とさない手は考えられません。」
天水城と相対する地にて陣を敷いた諸葛亮は、羽扇を片手に、雍州・天水地方の地図を広げて、眺めていた。
「敵はたぶん安定と南安の要所に軍を集めておき、こちらの注意をそこにむけておいて、少数でこの脇の街道を通って本陣に攻め込んでくるでしょう。趙雲殿、張苞殿をそれぞれ安定と南安に向かわせなさい。魏延と李厳で脇の街道からくる敵を向かい討ちなさい。」
諸葛亮は羽扇を振り、各軍に指示を促した。

 安定と南安の攻略には手こずっていた。
一向に、陥落の知らせが入ってこない。
「何をぐずぐずしているのです。」
諸葛亮も焦っていた。
何かある…
馬遵は取るに足りない人物だ。
奴だけではここまでの戦など出来ないはずだ。
「伝令!!李厳将軍敗走!!」
「なんですと?」
「魏延将軍も…敵軍の将・姜維伯約によって敗走!!」
次々に敗走の伝令が届く。
「…姜維?」
諸葛亮は首をかしげた。
軍の配置に力の乱れがなく、まるでこちらの策を先読みしているかのような戦術だ。
でなければ、李厳や魏延のような蜀を代表する武将を討ち負かすなんてできない。
「姜維というのはどんな男ですか?」
「は?…えっと…魏軍の参謀ですね。年回りは割りと若いようで、10代か20代か…あ、大変忠誠心の厚い方で、また大変親孝行だという噂です。」
「参謀ですか…この戦、その姜維をいかに丸め込むかが勝敗を決しますね…誰か、姜維という者に年恰好や、服装、髪型が似ている者を探し出してきなさい!!」
諸葛亮は口の端を上げた。
「知略・武勇を兼ね備えた武将・姜維…やっと見つけました。蜀が…いえ、私が欲しいのはこの地ではなく、あなたです…ふふふふ…」
この瞬間、蜀陣営に初めて諸葛亮の高笑いが響いた。

 趙雲が安定を落としたのはそれからしばらく経ってからであった。
その伝令が天水城に届き、いよいよここも危うくなってきた。
「姜維は何をしている!!まだ蜀が落とせないのか!?」
馬遵は痺れを切らし始めている。
「伝令!!姜維将軍が謀反!!」
「なにぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
馬遵は物見櫓にのぼり、場外を見下ろした。
誰かが城門前で自分の兵を叩き斬っている。
見慣れた姿に見慣れた武器だった。
「お…おのれ姜維め、我らを裏切ったか!!」
馬遵の目の前には、緑の防具に身を包み、三尖槍を振って魏の兵を斬る、一つ縛りの青年の姿があった。

 姜維がもう少しで蜀本陣にたどり着くという処まで来た頃、伝令が姜維の元に現れた。
「本陣、陥落の危機です!!」
諸葛亮のことだ。きっと何か策を用いたのだろう。
「諸葛亮を甘く見ていました…全軍、一旦本陣へ帰還。馬遵殿と天水城を守ります!!」

 「姜維軍、撤退を始めました…ってうわぁ!!」
伝令が蜀本陣に入った瞬間、腰を抜かした。
なんと本陣内にはこの近辺に住んでいる子供と言う子供が諸葛亮の手によって、緑の綿甲に一つ縛りの姿にさせられてあちこちを飛び歩いていた。
「あ…あの…これは〜?」
「勝手に入っていいと、誰が言いましたか?」
諸葛亮は伝令を厳しい声音で諌める。
「まぁいいでしょう。…ふふふ、さすがは私の見込んだ男…もう気づきましたか。全軍、街道を通って天水城を包囲。一気に落とします!!さぁ、もうすぐです…もうすぐ姜維が私の元に…」
蜀希代の軍師は嗜好が少々幼女萌え傾向にあると思われる。

 姜維が天水城に到着すると、その情景に開いた口がふさがらなかった。
「…私が…いっぱい?」
魏軍に対する兵たる兵がみんな自分と同じ姿をしているのだ。
「あの…これは?」
とりあえず、近くに居た『姜維』に聞いてみる。
「ああ、君もかぁ。何でも諸葛先生がやれっていったもんで。とうとう理由も分からずつれてこられた奴も出てきたか…」
あぁ、これが策なのか…姜維は肩を落とした。
「えぇい!!もうどの姜維でもいいから斬れ、斬れ!!私も出るぞ!!裏切り者は俺がこの手で処分してやるぅぅぅ!!」
「あぁ、馬遵殿、落ち着いて下さい!!」
総大将・馬遵も大混乱の様子だ。
姜維はため息を落とし、側に居た兵に
「ここに居る『私』はみな偽者です。あなたたちはここで彼らを斬ってください。」
「将軍は…」
「私はこの機に乗じて敵本陣を討ちます。きっと向こうもこの機に乗じてくるはずです。」
「ならば私も…」
「ここは一人の方がいい。こんなにニセ姜維がいるんだ。姜維一人蜀に戻ったところでニセ姜維のひとりが帰還したとしか思われまい。」
姜維は馬にまたがり、その身を翻した。

 姜維が単騎で蜀本陣に入ってきた。
周りはみな、あふれかえるニセ姜維だった。
あの有名な趙雲将軍もいつもは低い位置でまとめている長い髪を高めに縛っていてにこやかに兵たちと談笑している。
ここが蜀本陣…
これでいいのか?と突っ込みたくなる。
「あぁ、おかえり。」
「あ〜…ども…」
案の定ニセ姜維の一人としか思われなかった。
しかし、なぜこんなにもニセ姜維がこの陣内でブームになっているんだろうか?
姜維は諸葛亮のいる陣営に入ろうとした瞬間だった。
「お前は誰だ…」
諸葛亮のお庭番か…やはり味方と敵の区別がちゃんと付けられている。
「時雨、彼を中に。」
中から穏やかな声が聞こえる。
姜維ののど元から突きつけられた刃物が離れる。
姜維は諸葛亮の陣営の幕を引き上げ、手にした三尖槍を部屋の中心にいた人物に向けた。
「きゃぁぁぁぁ!!」
陣営内にいた子供たちが諸葛亮の後ろに隠れる。
子供はみんな同じ格好をしていた。
「待っていました。」
「は?」
「私はあなたの才覚に惚れました。どうでしょう?ここで出る芽を摘まれるよりも、蜀に来て、私の元でその芽を開花させてみませんか?」
「…私に…それだけの才があると?」
「ええ。それにあなたは魏に戻っても反逆者です。」
そりゃ、こんなにたくさんの自分が蜀側にいるのだから当たり前だ。
「く…無念だが、諸葛亮殿、私にその力があるのなら是非、蜀にこの身を預けたい。」
「ふふ…決まりです。それに、この天水は我ら蜀のものになりました。」
伝令が駆け込んできて、馬遵が討たれ、天水城が陥落したという情報がもたらされた。

かくして、天水での闘いは終わった。
それからしばらく、諸葛亮の周りには姜維の格好をした稚児たちが増え続け、蜀に帰順した姜維を悩ませたのは語るべきことではない。
モクジ
 

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