戦国無双

モクジ

  天下泰平  

どうしても、君が欲しかったんだ。

こうでもしなきゃ、振り向いてくれないから。

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豊臣の天下は目の前だった。
日の本は、豊臣・徳川・上杉・伊達の四つ巴だった。
分は、豊臣が有利で、次が徳川。
上杉も伊達も、双方有力な国と同盟を組んで、ぶら下がっていることしか、家を守ることができなかった。
上杉に、有能な軍師がいた。
上杉景勝の最も信頼する男・直江兼続。
彼は義の男だ。
自らの義に反することは一切を嫌った。
上杉は彼のお陰で清廉潔白のまま乱世を生き延びることが出来た。
今は、徳川と組み、多くの不義を働いて国を大きくしてきた豊臣を討たんとしている。
「上杉殿…」
ある日、徳川からの使者が越後にやってきた。
「今、三河にて豊臣軍が攻めてきています。是非とも援軍を…」
三河での戦は彼是半年も続いていた。
始めは徳川が有利だったが、戦が長引くにしたがって次第に兵も疲弊してきていた。
反対に、豊臣軍は次から次へと新しい兵を送り込んでくる。
西国を統一した猿男の権力は、もはや関東一帯しか手中にない矮小な国長では止めることができないのだ。
「なぜ、豊臣は国を召し上げ、お家すら取り潰そうとなさるのか!これは義に反している!」
上杉の軍師は使者のおもてなしの席で饒舌に義を語ってみせた。
直江兼続の演説で、上杉軍の士気は異常に上がり、その勢いで、豊臣と徳川が争う三河へ向かった。

三河の戦地はほぼ豊臣の黄色い瓢箪の旗で埋め尽くされていた。
残る手段は、全戦力で相手が疲弊し、撤退するまで本陣を守り抜くことだけだった。
直江兼続は本陣の前線を任された。
相手は豊臣の参謀と名高い「石田三成」だった。
兼続は三成と直接面識はなかった。
この戦場で会うのが初めてだった。
たくさんの歩兵が白い馬を取り囲んでいる。
白い馬には赤い陣羽織を羽織り、大一大万大吉と書せられた大扇子を持った細面の男が乗っていた。
「お前が直江兼続か。」
冷たい声音が真っ直ぐ兼続の耳に届いた。
「小ざかしい上杉め。我等との同盟を切ってまで徳川に味方したこと、後悔させてやる。」
「豊臣の名参謀と拝見してみれば・・・・・・・・か…かわいいではないか!」
兼続は三成を凝視し、思わず本音をぽろりと出してしまった。
「何を…死ね!今すぐ死ね!」
三成の背筋は兼続の一言で凍りついた。そしてそれは軍の動揺に繋がった。
勢い良くつっこんだ三成軍だったが、直江の演説で士気の高まっていた上杉の軍勢に簡単にのされてしまった。
三成は、そのまま引き返し、豊臣軍は撤退せざるをえなかった。

越後に帰った兼続は、まるで精気の抜けた様子で、白い花の花びらを1枚1枚抜く日々が続いていた。
そんなある日、越後に豊臣軍が攻め込んできた。
軍の筆頭は石田三成。
これを聞いて、兼続は急いで戦支度を整え、鼻から荒い息を上げて馬に飛び乗り、つっこんでいった。
そんな兼続を、上杉の兵たちは誰一人止めなかった。否、止めることなどできなかったのだ。
あの時、兼続の軍にいた兵たちはみんな、あの瞬間に兼続が恋に落ちたことを知っていた。
「人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて死んじまえ…」
兵たちは、生ぬるい目で、小さくなっていく兼続の背で輝く愛の字を見つめていた。

「三成様、何者かがスゴイ勢いでこちらにつっこんできます。」
「なに?鉄砲隊、用意!そいつを打て。」
三成は大扇子を振り、指示を促した。
それからしばらく、斥候が戻ってきて、
「三成様、鉄砲隊、スゴイ勢いの何者かにより全滅!」
「はぁ?何者なんだそいつは…」
「三成様、接近してくる者は上杉の軍師・直江兼続であります!」
三成は背筋が凍っていくのを感じた。
あのときのキモイ男がスゴイ勢いで自分のところにやってくる…
そう思っただけでその場から逃げ出したくなってきた。
「さささ左近!おい、左近を呼び戻せ!撤退だ!」
三成は涙眼で、斥候に訴えた。斥候はそんな三成の姿に驚きを見せながらも、「はぁ…」とつぶやき、その場を立ち去った。
三成の前線で島左近は戦っていた。
そして丁度、兼続はその島左近と向かい合っていた。
「どけ!」
「いや、どけませんよ。」
「私は戦いに来たのではない!三成を…三成のところに行きたいのだ。私のこの思いを…伝えなければ…」
「上杉は豊臣を裏切りましたからねぇ〜。信用はできませんな。」
島左近が豊臣の西国統一に一役買っていることは、戦乱の世を見極める兼続は常識のように知っていた。
今、ここで島左近と争うのは上策ではない。
なんとか譲ってもらわなければ…
兼続は握っていた刀を持ち直した。背中に嫌な汗が流れる。
そのまま兼続と左近は向かい合っていた。しかし、しばらくした頃、左近の元に斥候がやってきた。
斥候と左近の密談があり、左近が笑顔で兼続のほうに向かい合った。
「直江さんよぉ、豊臣の負けだ。殿のご意志により撤退だそうだ。」
「何?」
兼続は拍子の抜けた顔をした。
「つまり、今俺をつっきっても、殿は居ない、というわけだ。」
兼続の精気が抜けるのが、左近には見て取るようにわかった。
左近はにやにやしながらあごひげをなで、そんな兼続を眺めていた。
「殿は、参謀として豊臣天下の安寧のために非道なこともいとわない御方だ。義・義と喚きたてる貴方には、全くつりあわないと俺はみるが如何か?あ、そうそう、非道な顔は表だけ、照れ屋でなかなかかわいい面もあるが…それを拝めるのは夜半のみ…だなぁ…」
左近のにやけた顔に、兼続はただならぬ気配を感じた。
確かに、豊臣の参謀である三成は性格上、義を打ち立てる自分とは合いそうもない。しかし、きりっとして整った顔立ちは好み極まりない。ましてや左近の言う「照れ屋」な三成は想像するだけで悶絶ものだ。
その照れる三成。左近は拝んだことがあるような口ぶりだった。
ましてやこちらをにやにやしながら見ている。
「では、上杉の軍師様、またいずれ…」
左近は兼続に一礼すると、斥候とともに兼続の前を後にした。
豊臣軍が撤退していく。
兼続は撤退していく兵たちの中から、一人とっ捕まえた。
縄で縛り、陣屋に戻ると、大勢いる上杉軍の前で兼続は捕まえた兵の胸倉を掴んだ。
「貴様、石田三成とはどんな男だ。」
胸倉を掴まれた侍はカタカタ震えながら口を開いた。
「みみみみ三成様は…とととととても親切なおおお御方です…」
「ほう…」
兼続の掴む手の力は弱まらない。さらに兵は声を震わす。
「戦場で参った土地の者達にも気配りをなさるとても良い御方なんです!最近では、三成様を慕って参られた島左近様と共に、領地の安寧に努めておいでです。」
左近の名前が出てきて、兼続はこめかみをぴくりとさせた。
「左近が…三成を慕って?」
兵の震えは最高潮に来ていた。
「はははははははっはい!あ、でも、一部では三成様が左近様を雇ったとか2人は恋仲でその縁で、左近様が三成様についているとか…」
兼続は兵の胸倉を放した。兵はその場に崩れ落ちた。同時に兼続もその場に崩れ落ちた。
三成と左近が恋仲…
左近のあの発言はそういうことだったのか…
左近の
「あ、そうそう、非道な顔は表だけ、照れ屋でなかなかかわいい面もあるが…それを拝めるのは夜半のみ…だなぁ…」
という言葉が兼続の脳裏でリフレインされていた。
兼続が蒼白になって行く様を、上杉の兵たちは黙って見守っているだけだった。

上杉と豊臣が再び戦場で会ったのは、徳川の援軍で三河に参上したときであった。
このときも兼続が上杉軍の指揮をとっていた。
豊臣の筆頭は豊臣秀吉自らであった。
しかし、前線には島左近、後詰には石田三成が控えているという情報が入ってきていた。
「おのれ…おのれ…島左近…不義な輩め…」
前線に左近がいるだけで、兼続の闘志は燃え滾っていた。その煽りを受けて、上杉軍の士気はまたも異常なほど高かった。
「前線にいる島左近を討つぞ!愛する上杉の兵よ!進めぇぇぇ!」
「うをぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
豊臣軍と上杉軍がぶつかった。
兼続の理不尽な怒りは兵の士気をどんどん上げ、豊臣軍はあっさり壊滅状態になってしまった。

三成は秀吉の後方で戦局を見極めていた。
三成としてはあまり前方へ出たくなかった。
援軍の上杉はまたしても直江兼続を投入してきたからだ。
三成は兼続がなんとなく苦手であった。
あんなに率直でウザイ奴は三成の周りにはなかなかいなかった。
初めての奴に関わるのは苦手だ。
そんな気持ちが三成を億劫にさせていた。
そんななか、豊臣の斥候が三成の元に駆けつけてきた。
「島左近の軍、上杉軍により壊滅しました。それから三成様、上杉軍の直江兼続からこの書状を承っております。」
「何?」
三成は斥候から兼続の書状をおそるおそる受け取った。
書状には震えた文字で『直江状(はぁと)』と書いてあった。
それだけで、三成はこの書状を捨てたかった…
三成は書状を開いた。
「石田三成、島左近を捕縛した。返してほしくば一人で上杉の陣屋に参られたし!直江山城守兼続(はぁと)」
三成は書状を破り捨てた。それから補佐につけていた兵に自分の陣を任せ、馬に跨った。
三成は一人、兼続の書状どおり、上杉軍の陣屋にやってきた。
陣屋の中央には白い陣羽織に、後ろに長い兜を被った男と捕縛されお縄についてる島左近が並んでいた。
「兼続、何のつもりだ。」
三成は馬を降り、大一大万大吉と書かれた大扇子を兼続に向けた。
「殿、何で来たんですか!こうなったのも俺の力不足だ。使えない兵は切り捨てるのがあんたの流儀だろ。」
「左近、俺はお前だから助けに来たんだ。お前は殿の天下のために必要な存在なんだ。お前が居てくれなきゃだめなんだよ!」
「殿…ぐっ…」
兼続は刀の柄で、左近の鳩尾を突いた。
「左近!!」
「御託はそれまでだ。三成、本題に入ろう。」
兼続の眼は据わっていた。三成はその目に恐怖を感じ、一歩引いた。
「島左近…こいつはお前にとって大切な存在か?」
「あ、当たり前だ。こいつの力があってこそ殿の天下統一は成し遂げられると俺は読んでいる!」
兼続は左近の縄を解いた。
「この男から私は豊臣軍の義とは何かを聞いた。」
「義?」
「そう…天下を泰平に導くには私は義が全てだと思っている!今、日の本の東国は我等上杉・伊達・徳川の三国がひしめき合っている!そしてその三国が手に手を取り合って、同盟という形で東国を統一している。私はそうやって戦をせず、それぞれがそれぞれの国を持ち、困ったときは助け合う。これこそ天下泰平の義であるとそう思っているのだ!それがこの男はなんと申したと思う!『俺の義は殿よ』だそうだ!」
「…はぁ…」
「左近の義が三成、お前なら、お前が豊臣軍の義ということになる。三成、お前のその扇子には『大一大万大吉』と書いてあるな!」
兼続は三成の大扇子を指さして叫んだ。
「初めてお前に対面したとき、私はその言葉にいたく感動した!!三成!私はお前の其れに惚れたのだ!一人が皆のため、皆が一人のために尽くせば天下は安寧となる!なんて素晴らしい言葉なんだ!」
「…はぁ…」
「それから三成!お前はかわいい!素晴らしい義をの心を持ち、仲間を救おうと自分の身を捧げる!素晴らしい男だ!三成、左近は豊臣に返そう。だが、代わりに私の元に来ないか?左近なんかやめて私とともに義と愛の溢れる国を創ろうではないか!」
「…はぁ……ああ??」
きらきらした表情で、ウザイほど喋り捲るこの異常なテンションの男はこちらに手を差し伸べている。
あまりにも長々喋るので適当に聞き流していたら、目の前の義を語る男は大変なことを言い始めてしまった。
三成の口はあんぐりと開いてしまった。
「ななな何を言っている!死ね、死ね!」
「ははは、照れるな三成。」
「これが照れに見えるか!兼続!お前の目は節穴か?」
「そんなに左近がいいのか?左近なんてただでかいだけの男ではないか!」
「はぁ?何意味のわからないことを言っている!くだらない、俺は帰る。」
「遠距離恋愛も悪くないな…手紙は毎日だぞ、三成。もっともっと義について語りあおうではないか!」
「俺はお前に興味は無い!つか男に興味はない!それから義についてもどうでもいい!」
「ははは、照れた顔も可愛いぞ、み・つ・な・り(はぁと)」
三成は背筋の寒さに耐え切れず、左近を担いで馬に跨った。
「待て、三成!愛してるぞ!」
「ウザイ!死ね!」
近寄ってくる兼続を馬の後ろ足で蹴り飛ばすと、三成は涙を目に浮かべながら、上杉の陣を後にした。

この後、徳川が破れ、豊臣は上杉をも破った。
その折に、秀吉は兼続の功績を買って、兼続を雇ってしまった。
これによって、三成の心労が増えたことは、いうまでもない。

おしまい。


モクジ
 

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